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2009年4月の4件の投稿

2009年4月29日 (水)

自分を褒めてあげたい…ってか?

いやぁ、書きあがりましたよ。新作「河童橋の魔女」の第一稿が。昨日の午前11時少し前。思えばこのブログの始まりが昨年の11月で、その頃は前作の「死立探偵」はとっくに書き上げていたから、こんなライブ報告は今回初めてってコトね。なんと初演地の名古屋公演の丸1ヶ月前。制作さんに言わせると「こんな事、少なくともココ10年では記憶にありません!」だそうな…。役者からは「なんだ、やれば出来るじゃないですかぁ」。いやいや、そういうものではないのだよ。そんな世間並みの常套句で祝ってくれるなよな。これでも「今回こそは」っていう新しいトライアルもあるんだよ。きっと気付かないとは思うけどさ…。ま、でもさ、気分が良いのには違いないわけで「また一つ、こんな子を産んでしまいましたのでよろしく」って感じ。完成が午前中だと、正午を挟んでまずは「自分だけの祝宴」が始まってしまう。アテは色々考えたが今回は「日清ヤキソバ」のスペシャルヴァージョンに決定。思えば長く執筆した後って、不思議と「昔懐かしき粗食」で決めたくなるのはなぜだろう? 今回は昨日の残りのゴーヤチャンプルを再アレンジしてのトッピング。粉末ソースは半分ぐらいづつに分けて、入れ時にひと工夫。半熟の「黄身崩し系目玉焼き」を同時に作って、最後はハーブソルトで調整。これをヤキソバの上に乗せて、冷えたビールと一緒に胃に注ぎ込む。ああ、至福の時間…。ちなみに「河童橋の魔女」はかなりの舞台抽象論に頼っていて、僕にしては「物語性」や「辻褄あわせ」にあえて背を向けてみたつもりなのだが…稽古場での初見読みを聞いてる限りではまだまだ勝負所は現場に委ねられている感じ…。書き下ろした劇団員への「アテ」も含めて、大胆な演出解釈が不可欠になるだろう。自分で書いたものとは言え、そこは再解釈から始めないと痛い目に合わされる。何せ奴は飲みながら書いてるし、時折「神が降りた」とか言いながら(そう言う時に限って)理不尽な展開を「何かアート的なもの」で誤魔化そうとするからだ。ま、でも1週間に1800mlの焼酎を飲みきりながら書き上げた新作は、やはり少しだけ愛おしい。「生と死の間にホテルを建てよう」と思って約4ヶ月。いろいろあったからなぁ…。稽古後に劇団員が簡単に初稿アップ祝いの場を設けてくれて、僕以外は「アルコールOFF」のビールで乾杯。「半年間これで遊ぼうぜ」って感じで。てな事を書きながら…明後日から8日間、ちょっとヨーロッパに行ってきます。ま、正直、オフクロ孝行の一環ではあるんだけど…。ま、でも「豚インフルエンザ的」には最悪の時期で、渡航中に感染が拡大し、帰りのセントレアでは何日拘留されるか判らないよぉ…もし何かの弾みで、渡航中に「帰らぬ人」となったら、この新作はまさに「遺稿」としてはなかなか行けるんじゃないだろうか? まさに「人は誰しも土に帰る」コトだけしか、我々に自由は無いのかもしれないしね。って言いながら、飛行機堕ちたら土には還れないなぁ…ま、海への散骨も、結構な費用の元、結構な流行りようらしいから、手間無くてよいか…。帰宅は5月の7日予定。GWを丸ごと海外に逃げる…なんて多分今後も無いだろうから、自主トレを信じて旅立ちます。飛行機怖いよう。特に着陸が。マスクは嫌だよう。煙草吸えるのかな?

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2009年4月13日 (月)

空間との決別…もしくは善意への憧れ。

先日、ドライブ中の愚息(九歳)が申すには「そういえば父ちゃん…」「ん?何?」「おばあちゃん家と稽古場の間のサークルKがやられたよ」「え? やられたって?」「つぶれてたよ」「ウソっ?」…少し回り道をして確認すると、確かに看板が下ろされシャッターが閉じている。 そっかぁ…結構お世話になってたよなぁ…時代の流れに「やられた」かぁ…。経営者のご夫婦とは結構話してた店だったのになぁ…。台本のコピーにもよく使っていたなぁ。原本を機械の中に忘れていって、それを丁寧にビニールに入れて次までキープしてくれていた。次に僕が立ち寄った時、わざわざ声かけてくれて、その時から会話が始まったんだよなぁ。向こうは何となく台本っぽいものを書いてる人種だと知っているのに、それには触れず、こちらも照れるからその辺は遠ざかりながらも、結構良い距離感で話してたのになぁ。松任谷由美の「リフレインが叫んでる」ではないけれど、どうしてもっとちゃんと近寄っておかなかったんだろう? 2度と会えなくなるなら…。そういえば、先日、ランチタイム終了間際に(つまりシエスタ前最後の客で)財布を忘れた店があって、3時間ぐらい経った後で、全く別の雑貨店で物色していた僕に、これまたたまたまそこに来ていた先の店のマスターの女性が僕を見つけて「もしかしてお客さん、さっき私の店で財布を落とされませんでした?」と声を掛けてくれたことがあった。「ちょっと待ってて」と言って、店まで戻り僕に財布を渡してくれた。おかげで警察に出向く手間もなく、僕はその偶然と彼女の「基本的な善意」に感謝した。もっと以前にはこんな事もあった。今池で飲むために、車を駐車場に入れた際に(もっと飲酒がうるさくなかった頃の話ね。あ、でも広めないでね一応…)携帯電話を落とした僕。小粋なジャズの店で(そういえばココもつぶれたな…)飲んでると、一緒に飲んでた友人に電話がかかり「イラン人の人がアンタの携帯を拾ったって言ってるんだけど…」と言う。確かに待ち合わせの確認で、僕はその人の携帯に落とす直前に電話をしてて、着信履歴が残っていても不思議はない。「彼」はミスドの前で待っているから来いという。僕は意を決して、財布の中にある程度の「お礼の金」があることを確認してミスドに向かった。ラッパー風で、僕よりかなり背が高い彼は、僕の携帯をヒラヒラさせながら待っていた。何より彼の黒光りする顔は、深夜の今池に、少なくとも僕より似合っていた…。僕が携帯を受け取ろうと手を伸ばすと、彼はすっとその携帯を取り上げ「ちょっと待て」と言う。そして何やら僕の携帯を器用に操作しはじめる。僕はその時点で、かなりの金を請求されるのを覚悟し、最悪もっと酷いことに巻き込まれる自分を想像したのだが……次の瞬間、彼は僕に発信の履歴を見せてこういった。「これ、多分アンタの友人。オレこの携帯拾って、まずこの人に掛けた……」つまり自分が勝手に僕の携帯を使ったことへの謝罪と理由を説明しだしたのだ。あっけに取られながらも、その真意に気付き、「本当に助かった。君に何かお礼がしたい。良ければ僕の友人と一緒に飲まないか? 奢らせて欲しい」というと、彼は「オー、ブラザー。気持ちだけで十分よ。困った時はお互い様。オレも今彼女を待たせている」と言って、後ろ手に長い腕をヒラヒラさせながら、深夜の今池に消えていった……。僕は自分のつまらない先入観を心底恥じると同時に、いつか彼の事を芝居にしようと心に風景を刻んだ。……街角には多くの悪意が溢れているけど、時々宝石のような「善意」も息づいている。そしてそれらに、2度と生きてる間には再会しない。僕達はそういう風に時間を消費し、生きている。……話がいやに飛躍したけど、つまり劇場がなくなったり、通いなれた場所(そういえば明日の14日、名駅近くの大好きだった店が閉じるらしい…僕は稽古で生憎行けないけど…)が終わりになると、僕はショックが結構後を引く。ある意味、空間に意味合いを求めすぎる劇作家の、ささいな職業病かも知れないけどね…。

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2009年4月 3日 (金)

土地に柵するバカよりは…

鳥取砂丘に落書きすると大変な罪になるらしい。ニュースでは確かに大きな文字を映し出していたが、昔からあったぞ、あの手のも。よほど放送禁止用語やマークが書かれているならまだしも(もちろんこれは放送できないわけだが…)どうせその内には、砂塵の中に消えていく類のモノじゃないのだろうか? 大自然の営みの大きさの前に、むしろヒトができる小さな可愛い抵抗のようなモンだと思っていた。て、いうjか…砂浜に文字を書きたくなる衝動って、てっきりヒトがヒトであることを確認するような「不可欠なイタズラ心」ってやつだと思っていた。ま、観光地の事情とかを判らず書いてるんだけどね。で、そのニュースを見ていて、ふと思い出したことがある。それは子供の頃に広場でやった地面に線を書く遊びだった。仮に(多分そう呼んでいたのだけど…)「陣地取り」としておこう。地面に四角い大きなエリアを書いて(木の枝とかクギとかでね)コーナーから2人ももしくは4人で自分の陣地を増やしていく遊びだ。親指を中心にコンパスのように最初の陣地を作ったら、順番に小さな小石をおはじきのようにして3回飛ばし(もちろん最初の三角形からはみ出したり相手のエリアに入ったらその次点で攻撃権は消滅です)、上手く自分のエリアに戻ったら、その三角形が自分の陣地になっていく。上手く3回で戻れたら、さらにボーナスとして先ほどの掌コンパス分を何処に追加しても構わない。上手く最初の四角形の端に繋がれば、その手前のエリア全部が自分のモノになるのだ。最初は結構チマチマした戦いになるが、自分の陣地が大きくなれば3回でおはじきが戻れる確率も高くなり、勝負は一気に加速していく。明らかに50%以上をとった次点でゲームセット。どうだろう? やった経験のある人はいないだろうか? 全国的な遊びなのだろうか? それとも地元だけ? で、なんでこんなことを書いてるかと言うと、僕はその遊びがどうしても死ぬまでにもう一度したいのだ。理由はノスタルジーだけでもない。子供の頃の僕はこの遊びを知って、凄く興味が沸いたのだが、どういう理由か2~3回友だちと遊んだ後、なぜかコレが出来なくなったのだ。やる相手が居なくなったのか、何らかの理由で(思い当たらないけど…)禁止でもされたのか、その辺の記憶は曖昧なのだけど、一番やりたい時期にそれをしなくなったので、ぜひもう一度それを遊んでみたいのだ。先日、行政のヒトにそんな事を喋ってたら、その人が「それはぜひやってみましょうよ」と言う。「え、これから?」という僕に「思い立ったが吉日ですよ。だってずーっとやりたかったんでしょ?」と言う。あれは嬉しかった。結局、適当な場所が見つからなかったのと、そこまで時間がお互い無かったのと、何より、彼のスーツ姿では無理なのもあって、丁重にお断りしたが、実はかなりワクワクした。愚息を誘うのは多分1~2年早いので、ぜひこれは何とか誰かをそそのかして、年内には経験してみたいと思う。ま、だいたいこういうネタで長くブログを書き込む時は、台本の筆が進まない時と相場が決まっているので、何とか書き上げてからの事になると思うのだが…。できれば何かの条例とかで「地面に文字を書くなどの大地を傷つける行為はこれを罰する」が現れないうちにね。

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2009年4月 1日 (水)

年度末の善き日に…

まさに年度末最終日の昨日、劇団内結婚のもろもろが終わった。思えば劇団のスキルの総決算ともいえるイベントなワケで、さすがにこの日だけは「早く戯曲を」という声は聞かなかったなぁ…。ま、劇団員も演者に受付に司会にスタッフにと大わらわだったから、そんな暇が無かったのかも知れんけど。遠方から掛けつけてくれた小堀さん、高澤さん、はしぐち君なんかも最後の3次会まで付き合ってくれて。披露宴の前のチャペルウエディングの時、アチラの神父さんの日本語が結構タドタドしくて、よく聞き取れなかったな。いろいろ式には呼ばれているけど一人ぐらい「オー、アナタは新婦さん。そして私も神父さん!」ぐらいのギャグを飛ばす太っ腹は居ないのだろうか? いないか…。披露宴のテーブル担当のイケメン君の滑舌がなんとも酷くて、何度か突っ込みを入れたが笑顔だけは完璧で…思わず帰り際に慰めてしまった。音響オペの彼女は実に優秀。ぜひ劇団のスタッフに誘いたかったけど、機を逃した。さて、やっと怒涛の1~3月期のマジックが全て消えうせ、いよいよ新作に挑ばねばなるまい。「河童橋の魔女」。実は披露宴の選曲を試行錯誤していた1週間前、ふと気まぐれな「演劇の神様」が30分だけ降りてきて(つまりはかなり飲んでたわけだけど…)物語のエッセンスがすべて羅列されたのだ。僕は今までの経験上、これは逃すまじと思い、メモをした。今回は出演するキャストの数にまで対応した啓示だった。これに従って、後は会話に仕上げていけば戯曲なんてすぐに出来てしまうのだ。よっしゃ! ぼちぼち書いたろか? このブログをアップして、カメの水を替えて、来週の生活予定を整理して、机の上とワキを整理整頓して、春休み中の愚息と公園で遊んで、そして何より、神様が降りてきた時の大事なメモ、数日前からどうにも見当たらないあの貴重なメモを、ナウシカのフカイのような我が書斎から見つけ出したら書き出すぞ! 思えばこのブログもだんだんペースが落ちてきた。3月なんか3回しか更新してないではないか! いかんいかん!……と言うわけで、やっぱ二日酔いの乗りで(乗るなよ…)書く文章はダメだな。僕はこのブログを読んでいてくれる全ての人たちを公平に愛しています! ま、エイプリル・フールだし! ……少し寝ます。

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