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2009年4月13日 (月)

空間との決別…もしくは善意への憧れ。

先日、ドライブ中の愚息(九歳)が申すには「そういえば父ちゃん…」「ん?何?」「おばあちゃん家と稽古場の間のサークルKがやられたよ」「え? やられたって?」「つぶれてたよ」「ウソっ?」…少し回り道をして確認すると、確かに看板が下ろされシャッターが閉じている。 そっかぁ…結構お世話になってたよなぁ…時代の流れに「やられた」かぁ…。経営者のご夫婦とは結構話してた店だったのになぁ…。台本のコピーにもよく使っていたなぁ。原本を機械の中に忘れていって、それを丁寧にビニールに入れて次までキープしてくれていた。次に僕が立ち寄った時、わざわざ声かけてくれて、その時から会話が始まったんだよなぁ。向こうは何となく台本っぽいものを書いてる人種だと知っているのに、それには触れず、こちらも照れるからその辺は遠ざかりながらも、結構良い距離感で話してたのになぁ。松任谷由美の「リフレインが叫んでる」ではないけれど、どうしてもっとちゃんと近寄っておかなかったんだろう? 2度と会えなくなるなら…。そういえば、先日、ランチタイム終了間際に(つまりシエスタ前最後の客で)財布を忘れた店があって、3時間ぐらい経った後で、全く別の雑貨店で物色していた僕に、これまたたまたまそこに来ていた先の店のマスターの女性が僕を見つけて「もしかしてお客さん、さっき私の店で財布を落とされませんでした?」と声を掛けてくれたことがあった。「ちょっと待ってて」と言って、店まで戻り僕に財布を渡してくれた。おかげで警察に出向く手間もなく、僕はその偶然と彼女の「基本的な善意」に感謝した。もっと以前にはこんな事もあった。今池で飲むために、車を駐車場に入れた際に(もっと飲酒がうるさくなかった頃の話ね。あ、でも広めないでね一応…)携帯電話を落とした僕。小粋なジャズの店で(そういえばココもつぶれたな…)飲んでると、一緒に飲んでた友人に電話がかかり「イラン人の人がアンタの携帯を拾ったって言ってるんだけど…」と言う。確かに待ち合わせの確認で、僕はその人の携帯に落とす直前に電話をしてて、着信履歴が残っていても不思議はない。「彼」はミスドの前で待っているから来いという。僕は意を決して、財布の中にある程度の「お礼の金」があることを確認してミスドに向かった。ラッパー風で、僕よりかなり背が高い彼は、僕の携帯をヒラヒラさせながら待っていた。何より彼の黒光りする顔は、深夜の今池に、少なくとも僕より似合っていた…。僕が携帯を受け取ろうと手を伸ばすと、彼はすっとその携帯を取り上げ「ちょっと待て」と言う。そして何やら僕の携帯を器用に操作しはじめる。僕はその時点で、かなりの金を請求されるのを覚悟し、最悪もっと酷いことに巻き込まれる自分を想像したのだが……次の瞬間、彼は僕に発信の履歴を見せてこういった。「これ、多分アンタの友人。オレこの携帯拾って、まずこの人に掛けた……」つまり自分が勝手に僕の携帯を使ったことへの謝罪と理由を説明しだしたのだ。あっけに取られながらも、その真意に気付き、「本当に助かった。君に何かお礼がしたい。良ければ僕の友人と一緒に飲まないか? 奢らせて欲しい」というと、彼は「オー、ブラザー。気持ちだけで十分よ。困った時はお互い様。オレも今彼女を待たせている」と言って、後ろ手に長い腕をヒラヒラさせながら、深夜の今池に消えていった……。僕は自分のつまらない先入観を心底恥じると同時に、いつか彼の事を芝居にしようと心に風景を刻んだ。……街角には多くの悪意が溢れているけど、時々宝石のような「善意」も息づいている。そしてそれらに、2度と生きてる間には再会しない。僕達はそういう風に時間を消費し、生きている。……話がいやに飛躍したけど、つまり劇場がなくなったり、通いなれた場所(そういえば明日の14日、名駅近くの大好きだった店が閉じるらしい…僕は稽古で生憎行けないけど…)が終わりになると、僕はショックが結構後を引く。ある意味、空間に意味合いを求めすぎる劇作家の、ささいな職業病かも知れないけどね…。

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