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2009年8月の2件の投稿

2009年8月16日 (日)

盆の毒気と背中の怪現象

今年もクーラーの無い書斎でとってもエコな夏。午前中が勝負だからね。だいたい盆の時期は親戚関係のお付き合いで行事が埋まり、ココにも座っていられないのが常なのだが、今日はフと偶然生まれた中休み。久々にパソコンをつなげれば受信メールの数が248。その大半がエッチと在宅と薬物のお誘い。世も末ですなぁ。んで、今月中の仕事を整理していて一瞬気を失いかけた。溜まりに溜まっているではないか…。台本関係が大小とり混ぜて3つ。書類系が5つ。段取り系(人が絡む)が3つ。これらを明日からの恒例の「敦賀の海」、週半ばからのアクテノン小学生WS、愚息の夏休みの課題追い込み、などなどの間にこなさなくてはいけないらしい。最近の若者はいいよなぁ。簡単に「あ、それ無理。」で片付けられて…。にしても、燐光群のイプセンは面白かったなぁ。いい仕事してますねぇ坂手さん。演劇の愛し方、愛され方をちゃんと判ってるからなぁ。昔からそんな人だと知ってたけど。ちょっと羨ましかったよ。疲弊しながらでもあんなの作れちゃうんだからさ。昨日は親戚のお寺で盆の法要。檀家がいっぱい集う中、我が書斎と同じく扇風機と時々流れる自然の風だけが頼みの読経の中、少し神妙に「この1年で他界された面々」を振り返っていた。いるいる。いたねぇ今年も。どんどん身近な人たちが増えていく。少し丁寧に振り返って、それぞれに挨拶してたら、知らないうちに長い読経が終わって焼香になっていた。こうして人は少しずつ抹香臭くなっていくのだろうか。最後の精霊流しの後で、急に寒気がして発熱したのも、何かしら「量」と関連あるのだろうか? 「引っ張らないで」ね。もう少しね。さて、行事には一応、供養の意味も含めて、黒っぽいお気に入りのアロハを(普段着かって? まあまあ…)着ていったのだが、墓参りに向かう途中で、家内に背中をつつかれる。「これ、背中の下の方が煤けてるよ」。「うそぉ」とカラダを捻って見てみたら、アラま。なぜかプリントの柄が、腰の辺りで脱色したように白じんでいる。そういえば前の日に履いていた短パンも同じくお尻の部分に、原因不明の擦れたような脱色の汚れがあり、指摘されたばかりだった。どちらも洗いざらしを着衣したから、洗濯した前に起きた現象に違いない。家に戻り、そのアロハと短パンを並べてみたら、脱色系の汚れ具合とその模様が見事に一致する。つまり洗濯の1回前に、このアロハと短パンを組み合わせて着ていた時があり、その際に汚れたとしか思えないのだ。例えば知らずに薬品のこぼれていた椅子に腰を降ろしたとか、何度も滑り台を興じたとか……もちろん思い当たるフシはない。持病の腰痛のため、確かにこのところ連続でシップ薬を張り続けてたが(位置的にはまさにそんな感じね)脱色の方向はあくまで外側からで、例えば下着とかアロハの裏側には何の影響も見て取れないのだ。9歳の愚息がさらりと「知らないうちに霊を座って潰したんじゃねえかい?」と言う。「だから今日汚れたんじゃないって言ってるだろ」と切り替えしたが、思わず語気が強まっていた自分に失笑する。潰してたらゴメンネ。にしても、何もこんなにお気に入りのアロハでなくても…。これは先日リサイクルショップで購入したモノ。他に目的あったのに、なぜかそのコーナーに吸い寄せられるように足が向き、一目見たときから惹かれていた奴で、なぜか良い状態なのに思いのほか値段が相場より安くて…え?…そういうコトですか?ご先祖様…確かに袖を通した際に静電気のようなものがバシッとね…とか何とか言いながら、ちゃっかり帰り道には別のアロハを7割引でゲットしました。アウトレットではあるんだけど、流石に「新品モノ」にしておきました…。

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2009年8月 8日 (土)

保険屋N氏の静かな死

前回の終わり方が「同業者の訃報が…」だったので、混乱を招くといけないのだが、今回綴るのは「その人」の事ではない。「その人」について書けるとすれば、それはもう少し先の話…人と人の距離には優先順位があるものなのだ。まだ僕がココで話すのは失礼にあたる。もちろん「その人」の死が、今回書くコトの動機にはなっているのだけどね……とココまで書いて「急ぎ保存」したのが先月の末日(とうとう一月に最低2回更新の公約も破ってしまった…)だった。またぞろ書いてる途中に「知人の訃報」を聞き、筆を取り合えず置いたのだ。そして数日躊躇してたら今度はベテランの演劇人がこの世を去り、さらに先日、お世話になった中日新聞の名記者が亡くなった。北村想さんもブログで書いてたけど、ほんに夏はサバイバルでんなぁ。古い親戚に言わせると「引っ張られた」とか言うらしいけど。2週間の間に(大谷直子を含まなくても…)4人でっせ。んでね、このN氏の事も、ブログとの相性が悪いならやめようかとも思ったが、逆に盆前にちゃんと書いておくのも供養かと思い、重い筆をとる事にした。……N氏とは、僕が二十歳過ぎた辺りからの付き合いだった。自分でも親戚だったかと勘違いしそうな「おじさん」は、いわゆる保険屋さん。もしかしたら僕が22歳の時に他界した父親と、別れてすぐの出会いだったらから、N氏には父親の残り香を感じてたのかもしれない。実際、事故処理で会った時など(ま、これこそ職業上だったのだけどね…)気の利いた慰めをもらったり、甘えてると叱咤してくれたりもしていた。その保険屋さんの「N氏」が死んだことを告げられたのは、つい数ヶ月前のことだった。同業を名乗るTさんという若い男性から、それも電話で。早い話、自動車保険の担当者が変更にならざるを得ないので、その挨拶を兼ねての電話だった。電話口のTさんの口調は、感情を抑えた穏やかなモノ言いで、お陰で僕は、十分に驚きながらも事実をちゃんと受け入れる事ができた。進行の早い癌に侵され、余命の宣言も受けていたらしい。何より通夜も告別式も2週間以上前に全部終えているという話。「水臭いぜNさん…」と残念に思いつつも、かといって具体的な”別れの場”を見いだせぬまま、忙しさにかまけていた。そして先日、保険業務を受け継いだ「若いTさん」の訪問を受ける。何のことは無い、年に一度の契約更新のための事務的な顧客周りである。生前のN氏とも、こうした年に1度の(喫茶店での)無駄話で十分交流を図っていた。「コウちゃん(彼は僕をこう呼ぶ…)さぁ、僕なんかとは会わないほうが暮らしが安定してる証だからさぁ」との、お得意のフレーズを思い出す。死神気取りでもなかったろうに……。そして若いTさんは、僕の部屋でとても紳士だった。極めて穏やかに事務的な手続きを進めるTさんをさえぎり、N氏の死にまつわる情報を欲する僕。「そうですか。そうですよね。では、少しお時間を頂きますが…」とTさんは話し始めた。彼の話を要約すると…N氏が亡くなったのが昨年の年末。んで、そのN氏からTさんに電話があったのが12月に入ってからだったという。既に死ぬ1ヶ月前をきっている。「僕のお客さんを引き継いでくれんかね」。N氏はいわばフリーの保険屋であって、若きTさんは歴とした会社員。N氏はフリーとは言え代理店との契約はあるわけで、つまり、Tさんはいわゆる「本店」の若手外回り。フリーの身にすればライバル、年の差では早い孫にあたるくらいの間柄だが、どうやらおじさん(=N氏)は、この若手をどこかで「見込んだ」のであろう。Tさんはそげな事は口にしないけどね。とにかく「もう年だから引退するから」という理由で引継ぎ業務を依頼したわけだ。面倒が起きそうな顧客から先に、2人で一軒一軒回って説明をしたらしい。それが12月の中ごろ。やがて一緒に回ってるうちに「もしかしたら来年は一緒に回れんかもしれんで…」とボヤき、不治の病の事を告白したという。驚きながらもTさんは「信じとうないけどあえて聞きます。もしノノさん(彼の愛称)がおらんくなられたら、僕が引き継ぐお客さんにはどうやって伝えればよいのでしょう?」。N氏はまるで「待ってました」と言わんばかりの笑顔でこう言ったという。「そこや。僕らは幸いなコトに、年に一度の面談更新があるやろ。そのときに悪いけど伝えといてくれんか? 適当でいいからさ」。すでにこの時、葬儀の際、自分の顧客には一切知らせない旨が、遺言として残されていたらしい。どちらかといえば保険にあまり興味が無く、クールな対応の僕ですら惹かれた人柄のN氏である。実際に100近かった顧客の中で、親身な付き合いも多かっただろう。「水臭いなぁ」と思った人も多いはず。でも、若いTさんも顧客から聞かれない限り、N氏の死は必要以上に伝えてないという。N氏はこうも残したらしい。「確かに親戚以上の付き合いも多いけどなぁ…でも、押し付けたらあかんのやわ。保険屋とお客さんは、やっぱ数字の付き合いが始まりや。顧客の「死」を相手にするビジネスやろ? 自分の死まで付き合わせる道理は、どうしてもオレには見つけられへんでなぁ…」。最後まで「ぷろふぇっしょなる」やったんやなぁ、ノノさんは。

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