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2009年8月 8日 (土)

保険屋N氏の静かな死

前回の終わり方が「同業者の訃報が…」だったので、混乱を招くといけないのだが、今回綴るのは「その人」の事ではない。「その人」について書けるとすれば、それはもう少し先の話…人と人の距離には優先順位があるものなのだ。まだ僕がココで話すのは失礼にあたる。もちろん「その人」の死が、今回書くコトの動機にはなっているのだけどね……とココまで書いて「急ぎ保存」したのが先月の末日(とうとう一月に最低2回更新の公約も破ってしまった…)だった。またぞろ書いてる途中に「知人の訃報」を聞き、筆を取り合えず置いたのだ。そして数日躊躇してたら今度はベテランの演劇人がこの世を去り、さらに先日、お世話になった中日新聞の名記者が亡くなった。北村想さんもブログで書いてたけど、ほんに夏はサバイバルでんなぁ。古い親戚に言わせると「引っ張られた」とか言うらしいけど。2週間の間に(大谷直子を含まなくても…)4人でっせ。んでね、このN氏の事も、ブログとの相性が悪いならやめようかとも思ったが、逆に盆前にちゃんと書いておくのも供養かと思い、重い筆をとる事にした。……N氏とは、僕が二十歳過ぎた辺りからの付き合いだった。自分でも親戚だったかと勘違いしそうな「おじさん」は、いわゆる保険屋さん。もしかしたら僕が22歳の時に他界した父親と、別れてすぐの出会いだったらから、N氏には父親の残り香を感じてたのかもしれない。実際、事故処理で会った時など(ま、これこそ職業上だったのだけどね…)気の利いた慰めをもらったり、甘えてると叱咤してくれたりもしていた。その保険屋さんの「N氏」が死んだことを告げられたのは、つい数ヶ月前のことだった。同業を名乗るTさんという若い男性から、それも電話で。早い話、自動車保険の担当者が変更にならざるを得ないので、その挨拶を兼ねての電話だった。電話口のTさんの口調は、感情を抑えた穏やかなモノ言いで、お陰で僕は、十分に驚きながらも事実をちゃんと受け入れる事ができた。進行の早い癌に侵され、余命の宣言も受けていたらしい。何より通夜も告別式も2週間以上前に全部終えているという話。「水臭いぜNさん…」と残念に思いつつも、かといって具体的な”別れの場”を見いだせぬまま、忙しさにかまけていた。そして先日、保険業務を受け継いだ「若いTさん」の訪問を受ける。何のことは無い、年に一度の契約更新のための事務的な顧客周りである。生前のN氏とも、こうした年に1度の(喫茶店での)無駄話で十分交流を図っていた。「コウちゃん(彼は僕をこう呼ぶ…)さぁ、僕なんかとは会わないほうが暮らしが安定してる証だからさぁ」との、お得意のフレーズを思い出す。死神気取りでもなかったろうに……。そして若いTさんは、僕の部屋でとても紳士だった。極めて穏やかに事務的な手続きを進めるTさんをさえぎり、N氏の死にまつわる情報を欲する僕。「そうですか。そうですよね。では、少しお時間を頂きますが…」とTさんは話し始めた。彼の話を要約すると…N氏が亡くなったのが昨年の年末。んで、そのN氏からTさんに電話があったのが12月に入ってからだったという。既に死ぬ1ヶ月前をきっている。「僕のお客さんを引き継いでくれんかね」。N氏はいわばフリーの保険屋であって、若きTさんは歴とした会社員。N氏はフリーとは言え代理店との契約はあるわけで、つまり、Tさんはいわゆる「本店」の若手外回り。フリーの身にすればライバル、年の差では早い孫にあたるくらいの間柄だが、どうやらおじさん(=N氏)は、この若手をどこかで「見込んだ」のであろう。Tさんはそげな事は口にしないけどね。とにかく「もう年だから引退するから」という理由で引継ぎ業務を依頼したわけだ。面倒が起きそうな顧客から先に、2人で一軒一軒回って説明をしたらしい。それが12月の中ごろ。やがて一緒に回ってるうちに「もしかしたら来年は一緒に回れんかもしれんで…」とボヤき、不治の病の事を告白したという。驚きながらもTさんは「信じとうないけどあえて聞きます。もしノノさん(彼の愛称)がおらんくなられたら、僕が引き継ぐお客さんにはどうやって伝えればよいのでしょう?」。N氏はまるで「待ってました」と言わんばかりの笑顔でこう言ったという。「そこや。僕らは幸いなコトに、年に一度の面談更新があるやろ。そのときに悪いけど伝えといてくれんか? 適当でいいからさ」。すでにこの時、葬儀の際、自分の顧客には一切知らせない旨が、遺言として残されていたらしい。どちらかといえば保険にあまり興味が無く、クールな対応の僕ですら惹かれた人柄のN氏である。実際に100近かった顧客の中で、親身な付き合いも多かっただろう。「水臭いなぁ」と思った人も多いはず。でも、若いTさんも顧客から聞かれない限り、N氏の死は必要以上に伝えてないという。N氏はこうも残したらしい。「確かに親戚以上の付き合いも多いけどなぁ…でも、押し付けたらあかんのやわ。保険屋とお客さんは、やっぱ数字の付き合いが始まりや。顧客の「死」を相手にするビジネスやろ? 自分の死まで付き合わせる道理は、どうしてもオレには見つけられへんでなぁ…」。最後まで「ぷろふぇっしょなる」やったんやなぁ、ノノさんは。

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