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2009年10月 1日 (木)

世代の距離、そしてヴィヨン。

あっという間に10月ですねぇ。今年もあと3ヶ月かぁ…すっかりのご無沙汰です。中津川演劇キャンプは期待以上に楽しかったっす。「柄本明ワークショップ」、「生きている小平次」、「狐の嫁入り」などに感銘多く、特に大会フィナーレを飾った「菊の会」の公演には驚嘆。82歳・竹内菊の「狐の舞」から目が離せない。名声や受賞の噂だけは聞いていたが恥ずかしい事に初の観劇。森山氏のドラムスとのコラボももちろんだが、何より客を楽しませる発想力に脱帽。さすがは和田演出者協会会長のお墨付き。鍛え抜かれた肉体、揺るがない古典芸能の切れ味と笑い、アングラ演劇の生々しさ、小劇場のリアリティー、それら全てを飲み込んだような構成で、観ているものの想像力の息をつかせない様は、まさに和製フィリップ・ジャンティーのよう。でいて本人は「私は演出家としてはまだまだ新人なので」と。これがまた少しも嫌味でない空気で。大会の終了、バラシを終え、帰宅の予定を延ばして打ち上げに参加。真っ先に菊さんをつかまえていろいろお話を聞く。50歳で家元を離れ、いわば「流派に背を向けての」独自の活動が30年。一応80歳で引退を発表したが、和田会長が「ぜひ明治座(文化財でもある地歌舞伎小屋)でも」と引っ張りだしての今回なのだ。失礼ながら引退の理由を聞けば「だって、リサイタルやればいつも満席になっちゃってね、私自身が(その状況に)胡坐をかきそうになっちゃったからね、すぱっとね」との言葉。どこまでかっこよく戦っているのだこのヒトは。ウチのお袋と同い年。何処までも物静かで涼しい表情。いやぁ、あんな風に居られるなら長生きも悪くないかとチラリ。我らが北村透谷の「蓬莱曲」も無事何とか終了。若者とお年寄りから、やたら高評価を聞く。同世代の演劇人はノーコメント、というか観てもいない面々多く、これも最近の演劇状況を反映しているようで興味深い。自己評価は65点かな。ゲネは77点だったが、これもまた一回こっきりの発表ではよくあるケース。個々の役者の肉体・精神状態を演出が完璧にコントロールはできない。できないからこそ芝居なんだと、最近は明るい諦めをしているよ。客演の3名もありがとね。お疲れ様。にしても…ウチはともかく菊の会のフィナーレ公演を観ずに帰った若手・中堅の表現者に対し、心底同情いたします。話題変わって……久しぶりに家に帰ると、9歳の愚息がニマニマしてる。理由を聞けば運動会で自分の赤組が2点差で勝利したらしい。いくら「小学校に入って初めて勝った」とはいえ、「お父さんはお前の年には既に、あんなものはあくまで、あまりに多人数の集団の、個々の戦いの結果であって、自分の喜怒哀楽にはそれほど影響なかったぞ」と思うが口にはせず、むしろその純粋さに少し羨ましさを覚える。数日後、今度はえらく落ち込んでいるのでまたぞろワケを聞くと、近々バスでいく社会見学があり、その道中に皆で歌う歌の募集があり、自分はオレンジレンジの「以心伝心」と「いけない太陽」を応募したがいずれも外されたらしい。きっとバスの中、リーダー気取りで先頭たって歌いたかったのだろうなぁ…。とはいえさ、そこまで落ち込む事かよ、とは言わず「小学校4年には歌詞が大人すぎたのさ」と慰める。「それに少し古いかもね」とは、やはり言わずにおいた。何しろ車に乗ったとき、繰り返しかかるCDを全部覚えるのが彼の趣味だと知っての事だからね…。にしても…いつも教えられるのは、大先輩と子供だよな。特に最近は…。若手の創造者達に「君らは同世代性に依存しすぎてないか? 身近な評価に時間を奪われ過ぎるのも、ある意味勿体無いぜ」などと苦言を言いながら、逆に同世代をあまり信じられず、いろいろ見過ごしてしまっているのは自分の悪いクセではないかとも思う。などと殊勝な事を言いながら……明日は「太宰を読む・ヴィヨンの妻」の小屋入り。週をあければ「河童橋の魔女」東京公演の荷積み、仕込み、ゲネと向かう。ぜひぜひ劇場に足をお運びくださいませ。「世代を超えた」想像力の交流をしようではありませんか(汗)……。

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