劇場にて

2010年6月 9日 (水)

夢見るように眠りたい…

またまた短信でご勘弁を。無事に七ツ寺の「強行1日仕込み」を終えました。大道具チームの頑張りの成果です。僕は朝から原因(半)不明の嘔吐と腰痛で随分重役出勤になってしまったけれど…。んで、今日は朝の10時に小屋入りしてブロッキング&ゲネプロ&初日&乾杯。その前にほぼ白紙の選曲が残っている。うーん、後4時間でメドを付けないとね。オペの人間がO型の物怖じしない同級生で良かったぜ、ホント。今回は大阪の友人に随分力を借りての選曲だが、楽曲を聴きながらも、台詞の変更ばかりが頭をよぎる。こんな事も珍しい。もしかしたらエポック的な芝居になるかも。ぜひぜひ小屋に足をお運び下さいませ。「怪しい元カラオケ店舗」が立ち上がっています。平日がお勧め、いっそ今夜とかいかがでしょうか? このブログをこっそり会社でチェックして、そのまま帰宅前に観劇なんて、なかなか粋ってもんですぜ、旦那ぁ。おっと、そろそろマジでやばいんで、そろそろ落ちますね。とほほ…。

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2009年11月10日 (火)

かなり久々「本気の神頼み」

割と好きなタイプだからさ、カオスとか偶発とか運命論とかが。寺社仏閣巡りは嫌いじゃないけど、本気で「お願い」するって滅多に無いんですよ。だけど先週の金曜日だけはチラリ頼みましたね、都合が良いのは承知で「演劇の神様」みたいな存在に。何となく西の方角、鈴鹿山脈の夕陽に向かって……。翌土曜日が、一応僕の書き下ろし最新作にあたる「僕らの玉手箱」の発表会となってた6日の金曜日、その日の授業を全て芝居に傾け、午後のゲネプロに向けて「きっかけ稽古」をしていたのは、僕と劇団員と長岡小学校6年生全員の28人。主役の男子が顔色悪いので聞いてみたら、37度9分の熱がある。10日ほど前に家族が新型インフルに掛かっていて、時期的にも微妙な感じ。何とか中止は避けたい学校側からは「とりあえず今日は頑張らせて、夜医者で新型と判明したら代役で行きましょう」という提案。もちろんこれには「NO」を宣告。もし代役を立てるなら午後のゲネはもちろん、今の今から新キャストで稽古し直さないと間にあうわけが無い。「芝居をなめてはいけません」。なるべく穏やかな口調で諭し、ゲネはこのまま進め、もし夜にインフルエンザと判明したら即中止決定、各関係者にその情報を送る…と腹をくくる。なにせ児童28人全員に個性とセリフを書き下ろし、コロスを極力なくした芝居だから、ダブルキャスト的な発想でも逃げられない。でも、でもね、主役の彼の若い命や仲間への感染を乗り越えてまでやるべきモノではないのだよ、演劇は。親の死に目にはあえなくても仕方ない、大人が自分の生命を掛けて立つのも良いだろう。でも、舞台自体が子供の健康を逆手にとってはいけないのだ。全ては夜の「医者の判断」に任せる事を再確認して、いざ、ゲネプロを行う。いい出来なんだよね、こういう時って。もちろん子供達には「決断」の詳しい内容は話してないから、明日の本番を信じてみな目を輝かせている。僕は「これで見納めかもね」と思いながら、ちゃんとダメ出しをして、本番前日の心得も話して解散。次の仕事に向かいつつ、西陽に祈りながら「そうだ。もし明日中止になっても、3月までにどこかで発表させてやろう、完全ボランティアで構わないから」と新たに決意。その殊勝さが良かったのか、夜になって先生から「インフルエンザではありませんでした」との報。翌日は神様にお礼を言う暇もなく、開演の準備。本番は、流石にミスも多く、ゲネの方が数倍いい出来だった事に苦笑いしながらも「舞台の幕がちゃんと開くシアワセ」を初めて実感するはめに。聞けばその主役の少年、インフルエンザではなかったものの、夜は熱が9度を越し、朝には解熱の座薬を使うも熱が引かず、かなりフラフラしながらこなしたらしい。ついつい「インフルか否か」にだけ囚われていたが、周りの大人たちが「良かった良かった」と言ってる中、彼だけは「どこがいいんだよぉ…」と結構キツイ状態で頑張っていたわけだ。そして、もしかしたら結構生死の境の近くで、フラフラしてた可能性もあるわけなのだが……「いやいや、良い声でてたぜ、ユウタ」と、これまた舞台特有の現場主義、幕が開きゃあコッチのモン的な常套句で逃げてきた。コレを機に、彼が役者に目覚めるか、はたまた演劇嫌いになるか…それまた運命論のなれの果て、責任の持てないカオスなのだ。思えばこの芝居のクライマックスは、大好きだった友達(もちろにヒトではなく魚ですが…)の肉を、泣きながら「食料」として食べるシーン。熱で食欲のない彼が、何かを乗り越えて食べている姿には、演出として背筋がソゾッとしたのも事実。これまた偶発のなせる神様の悪戯として記憶にとどめておこうと思う。……本日から4日間、大阪での桃園会稽古のため家を空けます。少し迷いながらも、ネット系を遮断する環境に身を置きますので、急な用事はぜひ携帯に。

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2008年10月27日 (月)

カーラジオから溢れる世間

土曜の想さん+鹿目女史+小生のアフタートークも無事に終わり、楽日の舞台を終え、バラシも終えて名古屋公演終了。稽古場に荷を上げ、部屋に戻る。劇場に向かう車の中ではボブ・デュランの世話になったが帰路はラジオに徹する。我々の濃密な1週間の活動と、世間が、いかに関係なく存在し、流れていたかを実感・確認できて小気味が良い。楽日の舞台は、慣習どおり見ずに大須に一人くりだした。ただ、バラシのための道具を調達するため金物屋を捜し歩き、3軒とも日曜日定休で空振り。ヘトヘトに疲れて劇場に戻った。わけあって退団しながらも受付を手伝いに来てくれた女優と、小屋の前でダラダラ世間話をしていささか回復する。中一週間で下北沢はスズナリへ。今度は行きのトラック運転が待っている。このブログの最大の目的であったはずの「差し入れへの注文」の成果やいかに……それを確かめるのも面倒なほど憔悴して帰ってしまった。結局連日小屋で飲んでたからなぁ。ま、この次稽古場へ足を向ける動機のひとつにとっておこう。取りあえずの報告まで。もう寝ます。

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2008年10月23日 (木)

ノイズコントロール

初日開く。どうして芝居と言うやつは、やればやるほど課題が見つかってしまうのだろう。役者からは時折「そういうコトは早く言ってよ」と文句を言われるが、それまでは少しも気付かないのだから仕方ない。自分で書いた話だったりセリフだったりしても「ああ、そういう意味だったのか」とやっと気付く連続なのだ。きっと書いてる瞬間の脳内は、異常な複雑さとスピードを有しており、書いた直後に一旦別の場所に埋もれるのではないかと思う。僕はどの公演地でも楽日の舞台だけは一切見ない。客入れが無事に終わればさっさと劇場を後にする。これだけは20年以上続けている伝統行事で、役者も諦めている。気付きたくないのだ。「最後の舞台ぐらいは役者を開放したい」とか「オレは作家だから一足お先に次の一歩を踏み出すのだ」など、いろいろ言い訳をするけれど、多分、基本的には「修正がすでにかけれないモノに、新しい課題を見出したくなんかない」のだと思う。ただただ悔しさと自分の才能の無さに気付くようなことに時間を割きたくないのだ。初日をあけての最大の課題は空調ノイズといかに戦うか。エアコンのオンオフも欠かせない演出領域なのですよ、こういう芝居だと。せめて名古屋の楽日に、受付さんにオンオフを任せ、ぼんやりと大須の街をぶらつく、たった2時間の幸せのためにも。

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2008年10月22日 (水)

音楽の治癒について

子供をさっさと学校に送り出して、その足でカミサンと車で小屋入り。荷下ろしに少々遅れるのは甚だ心もとないが、ま、やむを得まい。子供ネタで何本か書いてるのも事実だし、細々ながらも生活と芝居は繋がっているし、今日から6日間も劇場と言う名のおもちゃ箱で遊べるのだから。「今日から小屋入り」って日の行きの車で、カーステレオから何を流すか? 今回はボブ・デュランにした。音質は極めて悪い、何とも古いベスト版である。「ライク・ア・ローリングスートーンズ」「ミスター・タンブリンマン」「風に吹かれて」……渋滞も含めて2時間近い道中、七ツ寺共同スタジオという名の、空間のモンスターに今回も挑む心構えが何とか整ってくる。まさに音楽の効用、宇宙の治癒である。少し楽曲に身を委ねすぎたのか、劇場に着いたのは予定よりも30分遅く、既に荷下ろしは終わっていた。女優・咲田の体調、すこぶる悪く(常用外?)、追加公演にドクターストップの感。やっぱちょっとした儲けやカッコよさよりは、演者あってのモノだもんね。「死立探偵」のホームグラウンド公演が、いよいよスタートする。

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