生活のつぼやき

2009年10月28日 (水)

一目置いて、一肌を脱ぐ。

昨晩から桃園会の「出張稽古」スタート。深津氏不在の稽古場に、緊張やら動揺を隠さない劇団員の面々が眩しい。少し台本を読んでもらうだけで、いかに深津作品を愛しているか、いかにウソなく愛そうとしてるかが、皆々からバシバシ伝わってくる。ある意味今では珍しい(ココで「ウチでは考えられない」などと書くと、後で大事になるコトを僕は既に学んでいる…)ほど純粋な集団の在りよう。心地よい眩暈とともに不純な自分に不安も増すが、そこは見せずに乗り切る。さて、夜の10時まで大阪で稽古をして自宅に戻ろうとすると、手段はただ一つ。自宅から米原まで車でロングドライブして米原駅前に1DAYパーキング。東海道線の快速で梅田まで出るわjけだ。こうしないと帰路がどうにも無理になる。米原で足止めになるわけだ。新幹線でも在来線でも、もっと早く稽古を上げなくてはいけなくなる。もちろん全行程車って手もあるが、流石に高速使わないとどれだけ時間が掛かるか判らない。高速は高速で今度は金が掛かるしね。ちなみに米原までは下道で約1時間20分。昨日は10時少し前に上がって、家に着いたのは2時だった。往復約8時間かけて「正味3時間の稽古」に通うわけで、いやぁ、一人旅好きの演劇人には最高の贅沢ですよぉ~。あ、これ、決して愚痴や嫌味ではないので念のため。悪いけど、僕はそういう人間なのだ。もちろん列車や車の中では、少なくとも部屋に居るより仕事がはかどる。選曲したり、読書や領収書の整理も出来る。それも少し引っ掛けながら…結構「至福に近い」状態なのだ。むろん家族や地元の人たちには「結構大変ですよ~」とか言ってるが、実は次の出張を思いニマニマしていたりする。見舞った友人の笑顔も思い出し「次はもう一本早く出てみるか…」と時刻表を広げたりしているのだ…。…今日は今日で、僕の最新作「僕らの玉手箱」の公演を控えた小学校6年生28人が待っている。これまた今時珍しい仲良しクラスの面々で、学校へ向かう田舎道も含め、とってもノスタルジーを味あわせてくれる仕事。11月7日(土)午前10:40に1回こっきりの上演会。あ、これね、本気で観劇したい人は、見れるように出来ますので、僕に個人的なメールをぜひ。

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2009年10月 1日 (木)

世代の距離、そしてヴィヨン。

あっという間に10月ですねぇ。今年もあと3ヶ月かぁ…すっかりのご無沙汰です。中津川演劇キャンプは期待以上に楽しかったっす。「柄本明ワークショップ」、「生きている小平次」、「狐の嫁入り」などに感銘多く、特に大会フィナーレを飾った「菊の会」の公演には驚嘆。82歳・竹内菊の「狐の舞」から目が離せない。名声や受賞の噂だけは聞いていたが恥ずかしい事に初の観劇。森山氏のドラムスとのコラボももちろんだが、何より客を楽しませる発想力に脱帽。さすがは和田演出者協会会長のお墨付き。鍛え抜かれた肉体、揺るがない古典芸能の切れ味と笑い、アングラ演劇の生々しさ、小劇場のリアリティー、それら全てを飲み込んだような構成で、観ているものの想像力の息をつかせない様は、まさに和製フィリップ・ジャンティーのよう。でいて本人は「私は演出家としてはまだまだ新人なので」と。これがまた少しも嫌味でない空気で。大会の終了、バラシを終え、帰宅の予定を延ばして打ち上げに参加。真っ先に菊さんをつかまえていろいろお話を聞く。50歳で家元を離れ、いわば「流派に背を向けての」独自の活動が30年。一応80歳で引退を発表したが、和田会長が「ぜひ明治座(文化財でもある地歌舞伎小屋)でも」と引っ張りだしての今回なのだ。失礼ながら引退の理由を聞けば「だって、リサイタルやればいつも満席になっちゃってね、私自身が(その状況に)胡坐をかきそうになっちゃったからね、すぱっとね」との言葉。どこまでかっこよく戦っているのだこのヒトは。ウチのお袋と同い年。何処までも物静かで涼しい表情。いやぁ、あんな風に居られるなら長生きも悪くないかとチラリ。我らが北村透谷の「蓬莱曲」も無事何とか終了。若者とお年寄りから、やたら高評価を聞く。同世代の演劇人はノーコメント、というか観てもいない面々多く、これも最近の演劇状況を反映しているようで興味深い。自己評価は65点かな。ゲネは77点だったが、これもまた一回こっきりの発表ではよくあるケース。個々の役者の肉体・精神状態を演出が完璧にコントロールはできない。できないからこそ芝居なんだと、最近は明るい諦めをしているよ。客演の3名もありがとね。お疲れ様。にしても…ウチはともかく菊の会のフィナーレ公演を観ずに帰った若手・中堅の表現者に対し、心底同情いたします。話題変わって……久しぶりに家に帰ると、9歳の愚息がニマニマしてる。理由を聞けば運動会で自分の赤組が2点差で勝利したらしい。いくら「小学校に入って初めて勝った」とはいえ、「お父さんはお前の年には既に、あんなものはあくまで、あまりに多人数の集団の、個々の戦いの結果であって、自分の喜怒哀楽にはそれほど影響なかったぞ」と思うが口にはせず、むしろその純粋さに少し羨ましさを覚える。数日後、今度はえらく落ち込んでいるのでまたぞろワケを聞くと、近々バスでいく社会見学があり、その道中に皆で歌う歌の募集があり、自分はオレンジレンジの「以心伝心」と「いけない太陽」を応募したがいずれも外されたらしい。きっとバスの中、リーダー気取りで先頭たって歌いたかったのだろうなぁ…。とはいえさ、そこまで落ち込む事かよ、とは言わず「小学校4年には歌詞が大人すぎたのさ」と慰める。「それに少し古いかもね」とは、やはり言わずにおいた。何しろ車に乗ったとき、繰り返しかかるCDを全部覚えるのが彼の趣味だと知っての事だからね…。にしても…いつも教えられるのは、大先輩と子供だよな。特に最近は…。若手の創造者達に「君らは同世代性に依存しすぎてないか? 身近な評価に時間を奪われ過ぎるのも、ある意味勿体無いぜ」などと苦言を言いながら、逆に同世代をあまり信じられず、いろいろ見過ごしてしまっているのは自分の悪いクセではないかとも思う。などと殊勝な事を言いながら……明日は「太宰を読む・ヴィヨンの妻」の小屋入り。週をあければ「河童橋の魔女」東京公演の荷積み、仕込み、ゲネと向かう。ぜひぜひ劇場に足をお運びくださいませ。「世代を超えた」想像力の交流をしようではありませんか(汗)……。

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2009年9月18日 (金)

疎開してきますね、4日間。

明日からは「演劇キャンプ」のために中津川入り。とは言え朝早起きして、愚息の運動会の場所取りをして、応援の祖父母に鑑賞環境を整えてから、こっそり抜けて単身車で「常盤座」へ。地歌舞伎の伝統的な芝居小屋や、咲田とばこの青年子爵ぶり、岩木淳子の多分見納め女子高生制服姿など、怖いもの観たさが売りの「蓬莱曲」は21日18:00から。一回こっきりのアクティブリーディング。レア物好きはお見逃しなく。にしても、昨日の事務局用のアクテノン印刷はきつかった。「一人で2時間半休みなしだぜ」と劇団員に愚痴ったら「へぇ、はせさんて一人で印刷任せられるんですね…」と逆襲。余計な前例を作ったか…。昼飯に、かねてから機会をうかがっていた「グリーンカレーラーメン」にトライ。残念な結果。味はともかく麺がなぁ…。お湯入れた後のカップめちゃ熱いし。日本のカップ麺の技術は凄さに改めて関心。この歳になると「ヒトとしてあと何食味わえるのだろう…」とよく思う。最近とくに「上手くないモノ」で腹が満たれると悲しくなる。「劇団死期」とか立ち上げたら売れんかなぁ…売れんくてもいいけど。

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2009年9月13日 (日)

「ともだ、おれ」の恐怖。

寸暇を惜しんで午前様ブログを敢行しようとしてるのに…なんなんだ? この通信速度の遅さは…!? 日曜の午前って、こんなにビジーなのかなぁ? ってなわけで、またまたクイック送信でございます。先日「ヴィヨンの妻」の原作ノーカット版の朗読劇が10月頭に長久手であって、映画の封切り前だから「見る前に聞く」を勧めたばかりですが、ウチの劇団の「河童橋の魔女」も10月のスズナリ公演の前に、雑誌「テアトロ」10月号に台本掲載となりました。間違っても「本屋で立ち読みしてつまらなさそうだから芝居もやめる」にだけはならないように…。「蓬莱曲」は台本あがるも役者2人の新型インフルの回復待ち。「県内も 意外に遠きは 中津川なり」。

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2009年9月 9日 (水)

『プレッシャー』 ~短信ヴァージョン・スタート~

ヒトから「貴方は自分の気楽なブログでまで『整合性ある文章』を求めてるでしょ? 滲み出るのよ、そういうのって…」と言われ、超短いヴァージョンをスタートすることにした。長久手町とタイアップで「ヴィヨンの妻」のノーカット朗読劇を造っているさなか、映画の方が受賞したらしい。こちとらは映画一般公開より前なので「読んでから観る派」が増えると良いな。北村透谷「蓬莱曲」の戯曲化(!)(笑)が後一歩。環境テーマで28人の小学生が出る劇も完成まじか。これらが済めば年内の作劇は多分3本残し。雨が降ってないのに稲妻が走る夕空を見あげて愚息がボソリ。「キツネの離婚や…」。どうやら「天気雨の逆」という意味合いらしい。

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2009年8月16日 (日)

盆の毒気と背中の怪現象

今年もクーラーの無い書斎でとってもエコな夏。午前中が勝負だからね。だいたい盆の時期は親戚関係のお付き合いで行事が埋まり、ココにも座っていられないのが常なのだが、今日はフと偶然生まれた中休み。久々にパソコンをつなげれば受信メールの数が248。その大半がエッチと在宅と薬物のお誘い。世も末ですなぁ。んで、今月中の仕事を整理していて一瞬気を失いかけた。溜まりに溜まっているではないか…。台本関係が大小とり混ぜて3つ。書類系が5つ。段取り系(人が絡む)が3つ。これらを明日からの恒例の「敦賀の海」、週半ばからのアクテノン小学生WS、愚息の夏休みの課題追い込み、などなどの間にこなさなくてはいけないらしい。最近の若者はいいよなぁ。簡単に「あ、それ無理。」で片付けられて…。にしても、燐光群のイプセンは面白かったなぁ。いい仕事してますねぇ坂手さん。演劇の愛し方、愛され方をちゃんと判ってるからなぁ。昔からそんな人だと知ってたけど。ちょっと羨ましかったよ。疲弊しながらでもあんなの作れちゃうんだからさ。昨日は親戚のお寺で盆の法要。檀家がいっぱい集う中、我が書斎と同じく扇風機と時々流れる自然の風だけが頼みの読経の中、少し神妙に「この1年で他界された面々」を振り返っていた。いるいる。いたねぇ今年も。どんどん身近な人たちが増えていく。少し丁寧に振り返って、それぞれに挨拶してたら、知らないうちに長い読経が終わって焼香になっていた。こうして人は少しずつ抹香臭くなっていくのだろうか。最後の精霊流しの後で、急に寒気がして発熱したのも、何かしら「量」と関連あるのだろうか? 「引っ張らないで」ね。もう少しね。さて、行事には一応、供養の意味も含めて、黒っぽいお気に入りのアロハを(普段着かって? まあまあ…)着ていったのだが、墓参りに向かう途中で、家内に背中をつつかれる。「これ、背中の下の方が煤けてるよ」。「うそぉ」とカラダを捻って見てみたら、アラま。なぜかプリントの柄が、腰の辺りで脱色したように白じんでいる。そういえば前の日に履いていた短パンも同じくお尻の部分に、原因不明の擦れたような脱色の汚れがあり、指摘されたばかりだった。どちらも洗いざらしを着衣したから、洗濯した前に起きた現象に違いない。家に戻り、そのアロハと短パンを並べてみたら、脱色系の汚れ具合とその模様が見事に一致する。つまり洗濯の1回前に、このアロハと短パンを組み合わせて着ていた時があり、その際に汚れたとしか思えないのだ。例えば知らずに薬品のこぼれていた椅子に腰を降ろしたとか、何度も滑り台を興じたとか……もちろん思い当たるフシはない。持病の腰痛のため、確かにこのところ連続でシップ薬を張り続けてたが(位置的にはまさにそんな感じね)脱色の方向はあくまで外側からで、例えば下着とかアロハの裏側には何の影響も見て取れないのだ。9歳の愚息がさらりと「知らないうちに霊を座って潰したんじゃねえかい?」と言う。「だから今日汚れたんじゃないって言ってるだろ」と切り替えしたが、思わず語気が強まっていた自分に失笑する。潰してたらゴメンネ。にしても、何もこんなにお気に入りのアロハでなくても…。これは先日リサイクルショップで購入したモノ。他に目的あったのに、なぜかそのコーナーに吸い寄せられるように足が向き、一目見たときから惹かれていた奴で、なぜか良い状態なのに思いのほか値段が相場より安くて…え?…そういうコトですか?ご先祖様…確かに袖を通した際に静電気のようなものがバシッとね…とか何とか言いながら、ちゃっかり帰り道には別のアロハを7割引でゲットしました。アウトレットではあるんだけど、流石に「新品モノ」にしておきました…。

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2009年4月13日 (月)

空間との決別…もしくは善意への憧れ。

先日、ドライブ中の愚息(九歳)が申すには「そういえば父ちゃん…」「ん?何?」「おばあちゃん家と稽古場の間のサークルKがやられたよ」「え? やられたって?」「つぶれてたよ」「ウソっ?」…少し回り道をして確認すると、確かに看板が下ろされシャッターが閉じている。 そっかぁ…結構お世話になってたよなぁ…時代の流れに「やられた」かぁ…。経営者のご夫婦とは結構話してた店だったのになぁ…。台本のコピーにもよく使っていたなぁ。原本を機械の中に忘れていって、それを丁寧にビニールに入れて次までキープしてくれていた。次に僕が立ち寄った時、わざわざ声かけてくれて、その時から会話が始まったんだよなぁ。向こうは何となく台本っぽいものを書いてる人種だと知っているのに、それには触れず、こちらも照れるからその辺は遠ざかりながらも、結構良い距離感で話してたのになぁ。松任谷由美の「リフレインが叫んでる」ではないけれど、どうしてもっとちゃんと近寄っておかなかったんだろう? 2度と会えなくなるなら…。そういえば、先日、ランチタイム終了間際に(つまりシエスタ前最後の客で)財布を忘れた店があって、3時間ぐらい経った後で、全く別の雑貨店で物色していた僕に、これまたたまたまそこに来ていた先の店のマスターの女性が僕を見つけて「もしかしてお客さん、さっき私の店で財布を落とされませんでした?」と声を掛けてくれたことがあった。「ちょっと待ってて」と言って、店まで戻り僕に財布を渡してくれた。おかげで警察に出向く手間もなく、僕はその偶然と彼女の「基本的な善意」に感謝した。もっと以前にはこんな事もあった。今池で飲むために、車を駐車場に入れた際に(もっと飲酒がうるさくなかった頃の話ね。あ、でも広めないでね一応…)携帯電話を落とした僕。小粋なジャズの店で(そういえばココもつぶれたな…)飲んでると、一緒に飲んでた友人に電話がかかり「イラン人の人がアンタの携帯を拾ったって言ってるんだけど…」と言う。確かに待ち合わせの確認で、僕はその人の携帯に落とす直前に電話をしてて、着信履歴が残っていても不思議はない。「彼」はミスドの前で待っているから来いという。僕は意を決して、財布の中にある程度の「お礼の金」があることを確認してミスドに向かった。ラッパー風で、僕よりかなり背が高い彼は、僕の携帯をヒラヒラさせながら待っていた。何より彼の黒光りする顔は、深夜の今池に、少なくとも僕より似合っていた…。僕が携帯を受け取ろうと手を伸ばすと、彼はすっとその携帯を取り上げ「ちょっと待て」と言う。そして何やら僕の携帯を器用に操作しはじめる。僕はその時点で、かなりの金を請求されるのを覚悟し、最悪もっと酷いことに巻き込まれる自分を想像したのだが……次の瞬間、彼は僕に発信の履歴を見せてこういった。「これ、多分アンタの友人。オレこの携帯拾って、まずこの人に掛けた……」つまり自分が勝手に僕の携帯を使ったことへの謝罪と理由を説明しだしたのだ。あっけに取られながらも、その真意に気付き、「本当に助かった。君に何かお礼がしたい。良ければ僕の友人と一緒に飲まないか? 奢らせて欲しい」というと、彼は「オー、ブラザー。気持ちだけで十分よ。困った時はお互い様。オレも今彼女を待たせている」と言って、後ろ手に長い腕をヒラヒラさせながら、深夜の今池に消えていった……。僕は自分のつまらない先入観を心底恥じると同時に、いつか彼の事を芝居にしようと心に風景を刻んだ。……街角には多くの悪意が溢れているけど、時々宝石のような「善意」も息づいている。そしてそれらに、2度と生きてる間には再会しない。僕達はそういう風に時間を消費し、生きている。……話がいやに飛躍したけど、つまり劇場がなくなったり、通いなれた場所(そういえば明日の14日、名駅近くの大好きだった店が閉じるらしい…僕は稽古で生憎行けないけど…)が終わりになると、僕はショックが結構後を引く。ある意味、空間に意味合いを求めすぎる劇作家の、ささいな職業病かも知れないけどね…。

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2009年4月 3日 (金)

土地に柵するバカよりは…

鳥取砂丘に落書きすると大変な罪になるらしい。ニュースでは確かに大きな文字を映し出していたが、昔からあったぞ、あの手のも。よほど放送禁止用語やマークが書かれているならまだしも(もちろんこれは放送できないわけだが…)どうせその内には、砂塵の中に消えていく類のモノじゃないのだろうか? 大自然の営みの大きさの前に、むしろヒトができる小さな可愛い抵抗のようなモンだと思っていた。て、いうjか…砂浜に文字を書きたくなる衝動って、てっきりヒトがヒトであることを確認するような「不可欠なイタズラ心」ってやつだと思っていた。ま、観光地の事情とかを判らず書いてるんだけどね。で、そのニュースを見ていて、ふと思い出したことがある。それは子供の頃に広場でやった地面に線を書く遊びだった。仮に(多分そう呼んでいたのだけど…)「陣地取り」としておこう。地面に四角い大きなエリアを書いて(木の枝とかクギとかでね)コーナーから2人ももしくは4人で自分の陣地を増やしていく遊びだ。親指を中心にコンパスのように最初の陣地を作ったら、順番に小さな小石をおはじきのようにして3回飛ばし(もちろん最初の三角形からはみ出したり相手のエリアに入ったらその次点で攻撃権は消滅です)、上手く自分のエリアに戻ったら、その三角形が自分の陣地になっていく。上手く3回で戻れたら、さらにボーナスとして先ほどの掌コンパス分を何処に追加しても構わない。上手く最初の四角形の端に繋がれば、その手前のエリア全部が自分のモノになるのだ。最初は結構チマチマした戦いになるが、自分の陣地が大きくなれば3回でおはじきが戻れる確率も高くなり、勝負は一気に加速していく。明らかに50%以上をとった次点でゲームセット。どうだろう? やった経験のある人はいないだろうか? 全国的な遊びなのだろうか? それとも地元だけ? で、なんでこんなことを書いてるかと言うと、僕はその遊びがどうしても死ぬまでにもう一度したいのだ。理由はノスタルジーだけでもない。子供の頃の僕はこの遊びを知って、凄く興味が沸いたのだが、どういう理由か2~3回友だちと遊んだ後、なぜかコレが出来なくなったのだ。やる相手が居なくなったのか、何らかの理由で(思い当たらないけど…)禁止でもされたのか、その辺の記憶は曖昧なのだけど、一番やりたい時期にそれをしなくなったので、ぜひもう一度それを遊んでみたいのだ。先日、行政のヒトにそんな事を喋ってたら、その人が「それはぜひやってみましょうよ」と言う。「え、これから?」という僕に「思い立ったが吉日ですよ。だってずーっとやりたかったんでしょ?」と言う。あれは嬉しかった。結局、適当な場所が見つからなかったのと、そこまで時間がお互い無かったのと、何より、彼のスーツ姿では無理なのもあって、丁重にお断りしたが、実はかなりワクワクした。愚息を誘うのは多分1~2年早いので、ぜひこれは何とか誰かをそそのかして、年内には経験してみたいと思う。ま、だいたいこういうネタで長くブログを書き込む時は、台本の筆が進まない時と相場が決まっているので、何とか書き上げてからの事になると思うのだが…。できれば何かの条例とかで「地面に文字を書くなどの大地を傷つける行為はこれを罰する」が現れないうちにね。

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2009年4月 1日 (水)

年度末の善き日に…

まさに年度末最終日の昨日、劇団内結婚のもろもろが終わった。思えば劇団のスキルの総決算ともいえるイベントなワケで、さすがにこの日だけは「早く戯曲を」という声は聞かなかったなぁ…。ま、劇団員も演者に受付に司会にスタッフにと大わらわだったから、そんな暇が無かったのかも知れんけど。遠方から掛けつけてくれた小堀さん、高澤さん、はしぐち君なんかも最後の3次会まで付き合ってくれて。披露宴の前のチャペルウエディングの時、アチラの神父さんの日本語が結構タドタドしくて、よく聞き取れなかったな。いろいろ式には呼ばれているけど一人ぐらい「オー、アナタは新婦さん。そして私も神父さん!」ぐらいのギャグを飛ばす太っ腹は居ないのだろうか? いないか…。披露宴のテーブル担当のイケメン君の滑舌がなんとも酷くて、何度か突っ込みを入れたが笑顔だけは完璧で…思わず帰り際に慰めてしまった。音響オペの彼女は実に優秀。ぜひ劇団のスタッフに誘いたかったけど、機を逃した。さて、やっと怒涛の1~3月期のマジックが全て消えうせ、いよいよ新作に挑ばねばなるまい。「河童橋の魔女」。実は披露宴の選曲を試行錯誤していた1週間前、ふと気まぐれな「演劇の神様」が30分だけ降りてきて(つまりはかなり飲んでたわけだけど…)物語のエッセンスがすべて羅列されたのだ。僕は今までの経験上、これは逃すまじと思い、メモをした。今回は出演するキャストの数にまで対応した啓示だった。これに従って、後は会話に仕上げていけば戯曲なんてすぐに出来てしまうのだ。よっしゃ! ぼちぼち書いたろか? このブログをアップして、カメの水を替えて、来週の生活予定を整理して、机の上とワキを整理整頓して、春休み中の愚息と公園で遊んで、そして何より、神様が降りてきた時の大事なメモ、数日前からどうにも見当たらないあの貴重なメモを、ナウシカのフカイのような我が書斎から見つけ出したら書き出すぞ! 思えばこのブログもだんだんペースが落ちてきた。3月なんか3回しか更新してないではないか! いかんいかん!……と言うわけで、やっぱ二日酔いの乗りで(乗るなよ…)書く文章はダメだな。僕はこのブログを読んでいてくれる全ての人たちを公平に愛しています! ま、エイプリル・フールだし! ……少し寝ます。

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2009年2月27日 (金)

羞恥の想いは螺旋して…

いやいや…連日、それも24時間を明けずに更新するなんて、滅多に無いことなんだけど、ちょっと忘れないうちに、メモがわりに書き込ませていただきます。今、戯曲塾の発表に向け、作家と最終の台本現場修正に関して、いろいろコンタクトを取っている時期で(僕はすっかり眼鏡派ですが…あ、かえって混乱するか、このボケは…)稽古の帰り道、携帯であーだこーだと作家と話しながらロンリードライブをしていたわけっすよ。んで、家について、軽くアルコール飲んで一息入れてたら、急に先ほどの電話の件で、言い足らなかった事柄について、新しい論理展開と、それに付随する適切な文言を思いついたのね。どうも朝になったら忘れそうで、何とか伝えたい。や、忘れそうってのは口実で、「早く言いたい欲求」が睡眠欲より勝り、朝を迎えるのは明白だった。そこで、さすがに深夜だから、と思って携帯メールを打った。結構長く、結構真面目に。んで、脳が満足して、さてと入浴するかと思った矢先、メールの返信が…。見れば「承知しましたwink大丈夫ですgoodお疲れ様upwardright」のような返信。まさかlこんな時間に起きているとは…僕は急に恥ずかしくなって、穴があったら入りたい心境になったのだ。さて、どうして僕は恥ずかしくなったのでしょうか?……いやいや、クイズではなくてね……実際、どうして恥ずかしくなったのかが、自分でも暫し合点がいかなかったのだ。だってたかがメールだろ? 恥ずかしさを覚えるほどの距離感ではない事を最初から判っているだろうに…って思いがあった。んで、数分間マジで考えてやっと判明。そうなのだ、これはあの「留守番電話への吹き込み」現象に似ている。てっきり相手が居ないと信じて留守電に長々と吹き込んでいる途中、急に相手が「ふーん、そうだったんだぁ~」と会話をしてきた感覚なのだ。てっきり相手は寝ていると信じて、客観性を盾に、今すぐは読まれない(聞かれない)はずの文章を、実に真面目に「書き言葉」(留守電なら伝言)として記していたら、急にライブの、いわゆる会話に持ち込まれた感覚。悦に入ってモノローグしてる最中に、「誰に喋ってんだよ?」と尋寝られたような後味の悪さ。それだったのだ…。これは発見だ。少し書き言葉としてのメールを甘く見ていたのかも知れない。メール文化は日々進化している…いや、違うな…メールによって、我々の言語感覚、もしくは会話の性質も、どんどん変化しているのだ。…なんて事を考えながら、「誰かにふとした発見を伝えたい欲求」が、この書き込みによって満たされて…今度こそ真面目に眠りに入りたいと思います。

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2009年2月16日 (月)

バレンタイン・ショック

土曜日のこと。少年野球に行く8歳の息子が妙にあらたまって「父ちゃん、今日は野球に来なくていいよ。自分で自転車で行って自分で帰ってくるから」と言う。普段なら半ば強制的に玉拾いに借り出されるのに…。明らかに不審だ。続けて愚息が「んでね…もし何かチャイムがなって何かが届くようだったら、受け取って置くように(原文ママ)…」……?……そうか! バレンタインディだったのね! …てなわけで、随分久しぶりな書き込みっす。すっかりご無沙汰でやんした。ちなみに前回書いた時から、既に劇王も終わって(様子はぜひ北村想さんのブログを。大筋感想は同じですので…何より小熊さんの演出には脱帽…)、岐阜市の戯曲塾発表会も強行突破で無事終わり(劇団はぐるまの2人の女優さんのお陰もあって…)、先週は長久手のキャスティング(と言うより出演者のスケジュール調整)で大わらわでした。いろんな人にあいさつ不足な気がします。きっとこういう忙しさにかまけている時に、知らず知らず無礼があって、人は僕から離れていくんだろうなぁ…ま、いいや。ちゃんと怒ってくれる人だけ残れば…。てなこんなで、今年はバレンタインの前の日が「13日の金曜日」で、僕は名古屋のレッスンがあったのでチョコが結構集まった。そんで当日の土曜が「戯セミ発表会の顔合わせ会」。作家の卵からの貢物も結構な量になって、家に持ち帰り「父親の威厳」を息子に見せるには十分だった(ちなみに彼も2人の女の子から宅配があり、結構ご満悦。一つも届かない場合の対処を苦慮していたが、杞憂に終わり一安心)。あ、でも、ホワイトデイは期待しないでくださいね。まだまだ貧困の季節は続いていますから。思えば今年は商品券の換金と、ビール券での生活必需品購入が功を奏して、何とか乗り切れる見込み。にしても、早く振り込みこないかなぁ…。半年後の日本はとんでもない不況の嵐の真っ只中らしいけど、こちとらまずは今月、そして来月だね…。借金が11万円でしょ? 引き落とし口座への入金リミットが6日間かぁ…。思えば岐阜市の打ち上げの飲み代も、九州に嫁に行った作家兼女優から借りて凌いだし…あ、もちろん返したけどね。劇団の男優からもまだ借りてる気がする…。あ、そうそう、んでね、「座右の焼酎」がいよいよ切れて、ビール券も使い果たしたまさにその土曜日にだなぁ…「チョコのかわりに」ってね、塾生の劇作家と名古屋の女優2人の計三人で金出し合って「蕎麦焼酎」をくれたのさ。しかもこのブログで口を酸っぱくしていて言ってる蕎麦100%の「十割」ときた。もらった瞬間、人目をはばからず抱きしめてたモンね、10秒ぐらい。これも悪しき風習のお陰です。ますます思想的に柔軟に、骨抜きになっていくよ、あたしゃ……。「セに原は還れない」…ああ、これはWBCで散々なメにあった原監督が、ロッテの監督に就任する「近未来」があって初めて成立するギャグなので念のため…。

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2009年2月 5日 (木)

国道沿い、謎のカップル。

先日(あえて伏せるが…)久しぶりに浜松に(大学ね)車で出向いた帰り、国道沿いのコンビニに入ろうとしたら、入り口に近い駐車スペースが埋まっていた。遠いほうへ車を回そうかなと思ったらとしていたら、一台のカップルの乗った車が、いいタイミングで出始めたので、少し待ってそこに車を収めたわけさ。車内に残った缶ゴミを捨てていると、そのカップルの車は国道に戻らず、少し離れた(でもそのコンビニの敷地内の)入り口から遠いスペースに駐車し直しているのに気付いた。「おいおい、昼間からキスでもするつもりか?」と、別に見たくもないのでさっさと店内に入った。おにぎりと缶コーヒーを買って(トイレも借りて)出てきたら、その車はまだそこにあって、カップルは何やら食べている。「何だ、ただの安上がりな晩飯かい」。確かに車は人目の多い国道に向いていて、キス目的なら逆のはず。最初は店に向かって頭から突っ込んでいたので、都合180度、車を回転させたことになる。モノを食べてる2人の表情が、明らかにムスッとして、喧嘩の最中みたいだったのが妙に印象に残ったのだが、そのまま車を発進させた。やがて眠気覚ましのカーラジオから、DJが今日の話題を喋ってるのを聞いて、全てが判明した。節分だったのだ。そういえばカップルさんが食べていたのは太目のまき寿司。そう、「恵方巻」って奴だったのだ。コンビニにも横断幕があったなぁ。僕は迷わずいつもの「焼鮭おにぎり」を手にしたが、その隣にコーナーもあった気がする。きっと車内で「恵方巻」を食べようってことになって、その年の吉方を向いて(今年は東北東だったらしい)食べやすいように車を駐車し直したのだ。僕は謎解きミステリーの探偵が、犯人の動機に気付くクライマックスを味わうような快感を覚えたが、しかしまだ僕は一つ見落としていた。DJの話の続きを聞き、生まれて初めて「食べ終わるまで言葉を発してはいけない」という基本ルールを知ったのだ。なるほど、それで2人とも、あんな不機嫌な感じで黙々と食していたのだな。うーん、満足。2段構えのサスペンス構成。すっかり眠気も吹っ飛んだ。まあ、どこかに話題の仕掛け人とかフィクサーとかがいて、見事に新しい風習として全国的に広め、経済効果を成功させたんだろうけど…。確かに「無言で」ってのはイベントとしてもバランスがいいんだろうなぁ。「会話を経つ」のもある種の非日常だし、年に一回の行為としては「流行の要素」に成りうるのだろう。いわゆる「にらめっこ」の原理で、逆に互いを意識する。例えば、ほんの少しのノイズが余計に笑いを助長して、中には咽(むせ)たり米粒が変なところに入ったり…きっとあのカップルも、それなりに(表情とは逆に)楽しい時間を過ごしたことだろう。そういえばやはり「経済的な口車」の産物、バレンタインディなるものも近い。今年の2月14日は…長久手戯曲セミナー発表会の「顔合わせ」の日か…。6作品を依頼した名古屋の役者陣が一気に集いますなぁ…フフフ。塾生の諸君は「付け届け」のいい機会でっせ。私は心が広いので、甘いものでなくても、焼酎のアテでも、いやいや本体でも、ありがたく真心受け取りまっせ。あ、でも、翌月の「3月14日・ホワイトディ」とやらは、ちょうど戯曲塾発表会の当日だから、残念ながらお返しを用意する時間的余裕が無いとは思うのですが……。

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2009年2月 1日 (日)

「芝居の神様」に、ご用心…。

あっという間に2月だなぁ…。今年も多分早いなぁ。時間の流れがさぁ。一日単位では結構長く感じるのに、まとめてだと「矢の如し」に思えるのは何でだろう? 今回は、お気楽に、宣伝をまとめて羅列しますね…。僕が塾長をしている岐阜市の戯曲塾の「優秀作品発表会」が2月の11日(水・祝)の午後3時から、岐阜市文化センター小ホールにて開催されます。予算&時間の関係で例年はドラマリーディング形式の発表だったんだけど、某会館の某担当者の熱意に押され今年は4作品中1つが芝居での発表。入場無料にしてはなかなかの作品群なので、ぜひ近隣の方は足を運んでくださいな。んで、その「芝居」の方は、劇団はぐるま所属の信頼できる2人の女優さんに参加していただき、ウチの小山も特別出演する。稽古してて、やっぱ芝居は舞台経験が信頼なんだなぁ、と思う。実際、発表会までの稽古は、ほんの数回。現場でガンガン作りこむタイプで、ある意味「一発勝負」に近い。だから、真面目に芝居作りを考えている人から言わせると、とんでもなく無謀な、無茶な、ある種「芝居を舐めんなよ」的なところで発表会まで持っていく事になる。中にはこういう仕事の仕方に対し、さらにそこそこ成立させていまう行為自体に対し、「けしからん」とか「対行政に、芝居文化を安売りする行為だ」とのお叱りも、まま受ける。もちろん気持ちも判るのだが、いやいや、芝居や演劇が、そこまでお高くとまっていても、現状、テレビ文化には抗えないでしょ? って気持ちもある。加えて長く戯曲塾やってて思うのは、金とかギャラとかとは少し違ったベクトルが確かにあって、それは平易に言えば「この作品、演出したいな」とか「何とか皆に見せたいな」って感覚なんだな。コレばかりはなかなか否定できない。信頼できる役者陣は、一番大事にしたい台本のエッセンスを口早に喋り、ポイントだけ強調する、僕の演出方針に立会い、事情と立場をいち早く察して、緊張しながら早めの作りこみをしてくれる。これにすがって何とか成立する仕事なのだ。僕自身もまた、そりゃ精神的にも現実的にも、かなりのボランティアだけど、台本があって役者がそろえば、そりゃあ全力を注いでしまうのが芝居人の性(さが)なのだ…。おっと、いかんいかん。宣伝に戻ろう…。岐阜市の前の7、8日(土日です)にはご存知、劇作家協会東海支部と長久手町文化の家が繰り出す「劇王2009」。これには同町の、やはり僕が塾長をしている戯曲塾生徒、市瀬嬢の作品も登場する。さらに長久手つながりだと…3月14日(土曜日、世間ではホワイトディとからしいが…)に長久手町文化の家・風のホールにて「戯曲セミナー優秀戯曲上演会・『屋号アイコ』の常連」が午後7時から。これまた入場無料。講座開設10周年の珠玉の短編集。金は無くても時間のある方はぜひぜひ。さてさて…『演劇の神様』は(もちろん居ればの話だけどね…)やはり作家の頭脳の中と、劇場に存在しているような気がする。神様の甘い汁に騙されて、知らず知らず僕達は、訳のわからない「充足感」を得てしまう。もちろん集団論的な「達成感」や、役者の「演じる快感」と、見分けがつきにくいから、用心しなくちゃいけないけどね。

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2009年1月21日 (水)

O君!…君のお陰だ!!

お久しぶりにございます。いやぁ、焦った。少しの間、更新が出来なかったのさ。この書き込みのページを、いつもいわゆる「お気に入り」に入れていて、気が向くとすぐ書けるようにしていたのだが、ある時から急に「登録IDとパスワード」を求められる画面に戻ってしまったんだな、これが。焦りました。もちろんパスワードを覚えてないからですね。途方にくれて、このブログ立ち上げに付き合ってくれた劇団員の「O君」に泣き付いた。「ねえねえ、もしかして僕のIDとパスワード覚えてない?」のメールにあっという間に返事。「パスワードが○○○○、IDが××××です。ちなみにあの時お渡ししたフラッシュメモリーにも、念のため保存データとして入れてありますので…」。うーん仕事中と言うのに見事なケアー。凄いなぁ「O君」は。金さえあったらすぐにでも君を秘書に雇うよ、あたしゃ。てなわけで、めでたく復活いたしやした。相変わらず忙(せわ)しくて、精神不安定なこの時期。恐怖の成績付け&発表会戯曲の選抜週間を、劇団からくすねた焼酎で何とか乗り切り、ぼちぼち都合4つの発表会に向け演出&現場モードへ。まずは大学の講座生徒のミニ発表会(日時は内緒)があって、岐阜市の戯曲塾(2/11)、岐阜県立華陽フロンティア高校(2/24)、長久手の戯曲塾(3/14)と続く。例年ならこれで春の体制にまっしぐらだが、今年は年度末に劇団員の結婚式&披露宴なんてのもあって、ぼやぼやしてるとまたぞろ執筆が遅れ、自慢の花園が咽ぶような花の匂いで溢れてしまうだろう。嗚呼、マルチな人って時間をどうやって使っているのだ? 睡眠時間だけでは負けない自信があるのだが…。昨晩もついついオバマ見続けちゃったし…。そういえば昔、一度だけ「北陸の小京都・小浜市」に女の子と旅した事があったっけ。箸職人のおじいさんから長く説明受けたりしたなぁ。きっともう他界してるだろうなぁ、あのご主人も。死ぬまで職人って憧れるよなぁ。町を去りながら、あそこにアクセスする私鉄に「オバマ急行」と名づけて「おばQ」の愛称で親しまれれば町おこしにならんかなぁ…と、ぼんやり考えていたのはもう15年以上前なんだな…。ああ、温泉にでも行きたいが先立つものがね。

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2009年1月11日 (日)

脱・正月と遥かなる「K-20」

なんとも慌しい…というか、一日の時間が心太(ところてん、ですね)のようにスルスルと何の摩擦もなく流れている感じ。いつ何処で何を感じ、いつどうやって睡眠を取っているのか? 1日半もすると思い出せない始末。毎日がオーバードランク。劇作に心が向かえないこの時期、つまり1~3月は、いつもこんな風に過ぎていく。や、書くときは書くときで飲むんだけどね。思えばこのブログもすっかりご無沙汰になっていた。ま、でも所詮はこのペースなので、よろしくね。初詣の後は、大学の恩師宅で飲んで記憶をなくし、旧知の女優から婚約を報告され、我が家の野球少年にせがまれ「MAJOR」を見に行った。新年最初に観る映画は、このトコロ決まって正月アニメ系だ。もしくは特撮モノ。ま、でも正月テレビの尽きないバラエティー循環地獄よりは救われる。冬休みが終わりを告げ、やっと「K-20」を観に行く。幸いにも流行りのシネコン系ではなく、柳ケ瀬アーケードの中にある、古い映画館で単発で掛かっていた。歩いて数分のやはり商店街中のシネコンにはK-20がなかったから、きっと共通の支配人がチョイスして選んでいるのだな。まずは少し嬉しいさね。ドリンクホルダーも気の利いた食い物もない、昔ながらの映画館。思えば学生時代、ほとんどの土曜日をココからやはり歩いて数分の東映直営系映画館で、オールナイトのバイトをしてたな。もちろん最終回のタダ観が目的で。このネタはまた後日。その映画館も今ではもう上映をしていない。平日のレイトショーとはいえ、久々の柳ケ瀬の人通りも少なかったなぁ。ま、でも、つまり実にK-20にふさわしいレトロな町並みの、今ではなかなか出会えない適度に大きいスクリーンで、もぎり兼売店のお婆ちゃんからツマミを買って、観た訳です。いやいや、やっぱ頭いい人ですね、佐藤監督って。劇画とリアリティーの隙間を実に判っていらっしゃる。バランス感覚凄いのに、適度に照れ屋で譲らない部分では頑固な感じ。何より、想さんのストーリーとは全然違うのに、想さんの世界観や、時代の匂いや、どうしようもないヒトの営みの哀れに関しては、全くぶれずに描き出す力。こういう「原作」という関係性が本当に成立するんだなぁ、と、感心すると同時に、なんとも羨ましかったなぁ。「監督兼脚本がちゃんと出来る才能」だからこそ、なせる技でもあるんだろうけど、これこそマイノリティーに身をおきすぎていると決して出会えない、ある種憧れ的な光景に映ったなぁ。2箇所だけ「いやいや、そこはリアリティーに振っても、客はついてくるのでは?」という演出があったけど、いやいや、それこそ個人的な趣味の話、皆までは言うまいて。古き良き映画館(多分5年後にはないかもな…)を後にしながら、はじめて想さんの「怪人20面相・伝」を読んだ時の興奮や鳥肌を思い出していた。それと同じ化学変化がきっと佐藤監督にも作用し、この作品を生み出した。もう少し、活字の底力を信じてみようかな、とも思えた。おっと、いつの間にか映画評論に近すぎ過ぎているではないか。反転離脱しよおっと。一昨日は三重や千種の会館さん絡みの仕事で久しぶりに出張させてもらい、結構のんびり過ごす。お陰様で演劇関係の人種と多くの時間を共有し、社会的にはリハビリって感じ。でも今週は通常ワークの事務仕事と3つ4つ同時進行で抱えた発表会絡みの段取りで、分刻みのスケジュールが待っている。NFLも佳境だし、NBAもゆっくり見たい時期なのにね。今日は早朝から、少年野球のいわゆる「鏡開き」の行事。てなわけで、またぞろ次の更新までには時間が経つかも知れません。誰か温泉で打ち合わせを組んでくださるような太っ腹な方はいませんかねぇ。

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2008年12月27日 (土)

なばなに散った飯島愛

久しぶりにJRで名古屋へ出向いた仕事の帰り、女子大生らしい2人が立ってる僕の脇で、長々とお喋りしていたわけだ。結構大声で。生徒台本を読むのにも疲れて、ぼんやり彼女達の会話を耳にしていると(いろいろ突っ込みを入れたい衝動を抑えながら)、やがて話題は「なばなの里」に。長島観光グループがやっている巨大イルミネーションだ。全国ニュースでも連日紹介され、夜はすごい人手らしい。どうやら女子大生の片方(髪の短いほう)が彼氏と言ったようで喋る喋る。要約すると「平日なのに駐車場が満杯」とか「入場料が2000円でその内の1000円は館内の食事券になっていて、あれはなかなかいいやり方だ」とか「でも一番美味かったのは焼き芋だった」とか諸々。で、肝心のイルミネーションはとなると「うーん。凄いは凄いんだけど、ちょっとくど過ぎかな。電球多すぎ。SFみたい。エコちゃうし。順路の最後のほうにある、自然の樹木のライトアップや紅葉が映る池の方が良かった」との事。ちゃんと見るとこ見てるんだなぁ、チャラチャラした服着てる割には。その池の夜景を見るためなら足を運んでもいい気がした。多分行かないけど。んでその女子学生ペアはと言うと、年末年始の話題を挟んで、最後はやはり飯島愛に。これまた「いやいや彼女はねぇ」と解説入れたいレベルの話に終始していたけれど…。彼女の死に関しては、あまり情報収集していないけど、きっとどこかで人生掛けるような恋愛があって、その失望と絶望が全てのベースに敷かれている気がする。暴露本とかも見てないけど、そう思うのだ。随分昔、彼女のAVを2つほど見たことがある。一つは監督がしょうもなくて早々に早送りしたが、もう一つはいわゆる古き良きロマンポルノの名残が薫る作品で、飯島さんの演技はそれなりに「その後」を予感させるものだった。どこか女の悲しみを見据えたような視線と仕草。僕は彼女自体に惹かれ、AVの「本来持ってる目的」には至らなかったのを覚えている。もちろん一つ目も質が悪すぎて立たなかったんだけどね。ははは。思えばロマンポルノの時代はそういうのって結構あったよね。場末の、3本千円の映画館に勇気を持って入るんだけど、その内の一本が、見事に青春や人生を描いた名作で、感動したり考えさせられたりして映画館を後にする。明らかに監督は全然手を抜いてなくて(実際ポルノだと、その手のシーンさえ押さえておけば後は実に自由なので、実験作や意欲作が多かったのね。今のようなシネフェスとか作品募集がない時代)、後で調べてみたら神代さんや大森さんだったりした。いやいや古い話ですけどね。ウッディーアレンとか、ヴェンダースとか。そうそう永島暎子とか。

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2008年12月24日 (水)

非アクティブに鞭打って…

忘年会やクリスマス会と称した飲み会の類も随分とこなし終わり、後は今夜、愚息とケーキを手作りすれば、残るは29日の劇団のオールナイト忘年会INアトリエを残すのみ。今年こそじっくり部屋掃除をするつもりだったのだが、またぞろ年越してグチャグチャしそう。今日は昨晩からの頭痛と胃痛に悩まされていたが、何とか奮起。AB型のこだわりで洗濯物を干して、生協の注文書を書いて、今年初のストーブを点火すべく押入れから出して灯油を入れていたら気分が少し向上してきた。や、ガソリン臭好きってワケでもないんだけどね。この勢いでカメの水換えまでいければいいのだが、多分挫折しそうな感じ。もう一日生き延びてくれ。何とか冷蔵庫の生肉をこっそりくすめるから。お決まりの外出仕事は年末年始仕様で少なくなってるが、この時期、2つの戯曲塾の発表会選抜をするのが毎年恒例の悩みの種。あれはやっかいだから、まずは机の周りをもう少し片付けてからだな。そのためには…焼酎が切れてるじゃないか。なわけで、午後は外出を決め込む。愚息のプレゼントと、焼酎と…レンタルCDも返して、灯油も買い足すかな…これを学校の学童お迎えの4時半までにこなす。上手く行ったらおなぐさみ。ブログと言うよりはただのメモ用紙だな、暮らしの…。やはりカラ元気にも限界があるらしい。

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2008年12月17日 (水)

抜けた歯の 分だけ人に 優しくし…

抜けた2本の前歯について、いろいろ心配のメールをいただいた。中には「歯医者に行く前にぜひ見てみたい」って類のものもあったけど…。悪いけど、じゃあ、と言って写真を撮ってココに載っける(実際やり方知らないし、ココはただ単に文章の垂れ流しで続けたいのさ)ほど間抜けではありませんので。歯抜けではあるけど。そういえば昔、僕が留守電のオリジナルメッセージに「ただいま出抜けていますので…」と吹き込んでおいたら、制作の女性から「なんか腑抜けに聞こえるから変えたほうがいい」と指摘を受けたなぁ…。あ、そうそう、このブログはコメントもトラックバックも今のところ受け付けていませんので、何かモノ申したい人は面倒ですが僕の個人メール「anc37244@niftyどっとneどっとjp」(こう表記したほうが自動迷惑メールが減ると知り合いに教えられたので…うーんタメになるなぁ)まで送ってくださいね。で、歯の方は木曜の朝一に予約が取れた。明日じゃん。うーん憂鬱。月曜の大学と昨日の打ち合わせは、風邪気味ってことも言い訳に基本外出時はマスクをはめて過ごした。マスクをして眼鏡をしていると、自分の呼吸で眼鏡が曇る。4秒ほどで曇りは消えるが、無意識にそれに合わせて、つまり曇りが消えるまで呼吸を止めるので、かえって疲れる。何より、外見とか笑顔に自信が持てない中で人とコミュニケーションを持つことは、常に自分の小ささを確認しているようなことなので、とても客観的に仕事がこなせている。コレはなかなか面白い経験。もちろん見せはしないが「実は前歯が…」とちゃんと告白はしているわけで、大学の女子学生に「それで台本書いてくださいよ」と言われたが、ちゃんと歯抜けがモチーフのネタは一つ作ったもんね。転んでもだたでは起きないのだよ、劇作家って人種は。にしても昨晩、打ち合わせの食事会で飲んだ地ビールはさすがに美味かったなぁ。忘年会の予定も後半戦。土曜に戯曲塾のがあって…ああ、劇団のアトリエ泊り込み忘年会が29日。僕が企画する恒例の「年間観劇ベスト10クイズ」も考えなきゃ。でも今年は年内にまだ3本観る予定なので、まだいいか。

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2008年12月 9日 (火)

イルミの居る間に初心(うぶ)なラブ?

最近、我が家のCDデッキは大活躍をしている。僕が次から次へと新しい兼価版中古CDを買ってくるからだ。それもそのアーティストたるや「井上揚水」「森田童子」「泉谷しげる」「憂歌団」「大貫妙子」「エアロスミス」「デビッドボウイ」…時々間違えて「小田和正」まで入っている。年寄りが「青春を振り返ってしまいそうな」面々なのだが、そこは長年のジャケット買いの王者として、絶対250円コーナー(ブックオフ系)、もしくは380円コーナー(ゲオ系)までで留めている。これってアレかなぁ…ここんとこずっと、劇団の選曲してる職業病で、長く環境音楽やヒーリング系ばかり聞いてて、そのジャンルに強くなりすぎた反作用なのかなぁ? ま。何しろ、平気で5時間カラオケを2回ぐらいは行けそうになっている。誰か付き合ってくれんかのぉ…。今日は大学で「戯曲とは?」のさわりをダラダラ講義した後で、劇作家協会東海支部の支部会へ。その帰り、名古屋駅の名物イルミネーションをチラリと観た。「この不景気でもこんなに電力消費するのね」と思いつつ、若い、多分初デートのカップルなんかを見ると、間接的に冷やかしてやりたくなる程度には、ハートウォーミングになってるから不思議だ。ま、元々「明かりモノ」に弱いんだけどね。白と赤に絞ったシンプルな演出はまあまあ好きだったな。でも、そんなイルミを見ながら、甲斐バンドの「男と女のいる舗道」なんかが浮かんでしまう辺り、ちとヤバイかも。3年ほど前に酔って道路に顔面からこけた時、歯を痛打して(結構出血して…)2~3本グラグラになってて、その1本(下の歯の結構前の方)が一両日中に抜けそうです。ちなみに「歯」もジャクテンの大黒柱ね。あ、それと「名古屋演劇アーカイブ」というブログ雑誌(?)の長谷川公次郎さんが、僕のインタビュー記事を載っけてくれました。割と素直に劇団のことや芝居のことを書いてます。よければ(いきなり変な顔が現れますけど…)http://nagoyatrouper.com/interview/013/を覗いてみてやってくださいませ。

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2008年12月 5日 (金)

持病と女性編集者と脱稿と…

実はこっそり、この1週間ほど悶々と取り組んでいた演劇雑誌「せりふの時代」への寄稿をやっと昨日終えた。うーん、苦しんだなぁ今回は。誌面にしてわずか2Pモノなのに。やっぱお題が「維新派の『呼吸機械』を観て…」って雑感だったから、緊張もしたし推敲もした。でも何より「書きたいこと」が溢れてきて、マックスだと指定の文字数の3倍弱の分量あったから。削るだけで3日間も費やしてしまった。年明けて1月の上旬発刊の号で掲載されるはずだから、ぜひとも(購入して!)ご覧くださいませ。お世話になってる編集部の○○女史が、早速受け取りと激励のメールをくれる。嬉しいもんだよね、こういうのって、このタイミング。さすが小学館。優れた人材は離さないなぁ。 んなこんなで、少し疲労が溜まってか、昨日と今日は夜の8時ぐらいから、持病の心臓がチクチク痛む。ま、以前からよくある現象で、大した事はない程度なのだけど、2日続いてはあまり記憶になくて、少し気持ち悪い。でも、周囲の人間にとってはいつもの「つぼやき」。8歳の愚息以外はさして親身に心配もしてくれない。「くっそぉ、裏をかいてポックリ逝ってやる」…といじけていても仕方ない。思えば「心の臓」の話は最近停滞してる「マイケル弱点」のカテゴリーの4~5番目の演目予定だった…。ま、いっか、適当で。明日の夜は義理重視の飲み会で気が重い。いつになったら僕の書斎は片付くのだろう…。なんか命がけな感じだ。

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2008年12月 3日 (水)

僕の腕時計、彼女の指先。

土曜日の正午過ぎに腕時計が止まった。電池切れ。危うく岐阜市の戯曲塾に遅れかけた。そうなのだ。僕は腕時計がないと生きていけない体質なのだ。少し大げさか……生きてはいける。でも急に「腑抜け」になる。時間の感覚はもちろん、一見スケジュールには無縁の行動でも「やる気が無くなる」というか「落ち着かない」というか「集中力がなくなる」のだ。夜寝るときも腕時計は絶対外さないし、着けてれば、たとえうたた寝しても残った仕事があれば適度に目覚め、寝坊もしない。多分、一日の生活やレム睡眠中に、自覚なく何百回も腕時計を眺めているのだと思うのだ。それで無意識に安心したり確認したりしてるのだろう。さてそれで、丸一日不安な日常を送った後、日曜の午前に、歩いていけるアピタの時計屋に行ったわけ。この時計屋は結構気に入っていて、電池交換は高いが3年間無料保障なので、いそいそと出かけた。ちなみにこの日は11月30日で、珍しく店内には数人の客。よく見れば「今月限り」の閉店セールのチラシ。つまり本日で最後の営業だったのだ。全品30%OFFだという。でも店側は見慣れた女性の店員が一人だけ。仕事にプライドを持っていて、時には冷やかしの客をクールに扱う彼女を、結構気に入っていたのだが、今日で閉める店内を少しずつ整理しながら、最後の店への寂しさを隠しながら、黙々と仕事をこなしている。無料で電池交換できる最後のチャンスを見逃さず、見事に停止してくれた僕の腕時計の功績を借りて、少しだけ喋る。「全然知らなかったよ。別の支店に行くの」「いえ、もう辞めるんです」「そうなんだ」「ええ、この仕事自体を…」。何だか村上春樹の主人公のような気分。もう少し喋りたかったが、そこはさすがに現実。僕の後の客が、多分早めのクリスマスプレゼントにするつもりか、ギフト包装を依頼して、それ以上の会話は進まなかった。いささかぎこちない手つきで、それでも丁寧に小箱を包装する彼女を暫し眺める。最後のリボンをギュッと…力を込めた彼女の指先を見納めに、持ち合わせの無い僕は店を出た。こうして僕と彼女の時間は2度と交わることはなくなった。

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2008年11月21日 (金)

ゆらゆらの一日。

昨日は(と言っても睡眠を挟んでない昨日なのだが)何とか午前中にカメの水換えを終えた。冬場の奴らをどうするかは「冬眠」と「温度調整」の選択肢があって、冬眠は冬眠で「冬眠環境」を整えるのが手間で、なおかつ水は定期的に変えてやらなくてはいけないので、さっさと後者を選択し、市販の「水温が一定なる装置」を入れている。これが結構「1シーズン使い捨て」ぐらいの信頼感しかなくて、新しく、少しだけ高級な(200円増)奴を購入して入れてやった。一見嬉しそうに泳いでいるが、ホントに感情表現が下手な奴らなので、ただ単に新しい水(お湯?26度だからなぁ…)に喜んでいるだけかもしれない。とはいえ、奴らは水が汚れてくると、その水を飲まなくなる程度にはグルメらしく、脱水症状を起こす生き物なのだ。もしかしたら今回、水を換える前の「半冬眠状態」は、実は生死の境だったのかも。ま、そりゃ、少しぐらいは「嬉しそう」に見えて当然かも知れない。 午後は来年の新作のタイトルを決めて、明日のレッスンのテキストの用意に時間を割く。知り合いにちょっとした悪戯心のサプライズを仕組み、その後、このところ妙に取り付かれている厭世観に囚われて過ごす。知らぬうウチに眠ってしまった愚息を叩き起こして一緒に入浴し少し気分が向上。では久しぶりにBS1の「NBA:ブルズvsレイカーズ」でも見るかな。洗い物のついでに。コービーブライアントは相変わらず嫌いだけんど。   

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2008年11月20日 (木)

ああ、一週間。

気付けば久々の書き込み。金曜が都合6時間のタレントスクールレッスン講師、土曜が岐阜市と長久手町で連続の戯曲塾塾長、日曜は演出者協会の演劇大学のため芸文小ホールの地下に篭っていて、月曜が浜松で大学の非常勤講師。火曜は軽い打ち合わせの後、昼間から部屋で飲酒して幸せな惰眠をむさぼり、今日は久々の某高校の夜間部で演劇表現の授業。うーむ。芝居がらみだけで毎日が過ぎていく。精神衛生上、破綻をきたすような不安の中、それでも日々は過ぎていく。7つの曜日を恨むではないが、確かに太陽、月に始まり火から土まで、およそ生命を取り囲む要素が必要不可欠なのには驚かされる。誰が決めたんだよぉ、って感じ。これに天と海と冥が加われば敵無しってモンだよね。「そういう風に出来ている」…ってのは最近よくセリフで自然に出てくるフレーズ。やばいやばい、まだ悟らねえぞ、ワシは。悟った時に死ぬんだぞ。朝起きたら今日こそカメの水槽の水を変えなければ。半冬眠だと命が危ないのね、アイツら。ちなみに2匹のミドリガメは、2年前に愚息が「ミドちゃん」と「リーちゃん」と名づけたまま。シンプルで、こちらも理にかなっている。

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2008年11月15日 (土)

やっぱり蕎麦が好き。

まずは報告。このブログのきっかけともなった「差し入れへの逆指名」だが、さほど効果が無かったと思われる。芋全量の1升瓶を名古屋で頂いた時はときめいたが、後はどっこいどっこい。米麹入りの芋がやはり大半を占めている。若干、麦(基本は麦100%だもんね)が多かった気もするが、何せ待望の「蕎麦全量」が皆無。そろそろ最初の(実際はナンバー002)必見公告もココのサイドのメニュー表示から消えるから、時々は書かなくちゃいけないのかなぁ。でも実際の本公演は5月の名古屋まで無いしなぁ…。てなわけで、稽古場からくすめてきた「二階堂・吉四六(きっちょむ)」を飲みながら書いてます。名古屋での6時間仕事の帰り、JR西岐阜駅のATMから「例の口座」に泣く泣く6万円を入金。これで年内は凌げるはずだ。でもギリギリを振り込んだから、この通帳、2桁残金で年越しかも。そういえば劇作家協会東海支部からのイベント借入金の10万と、昨年の戯曲セミナー発表会の役者2人へのギャラも未払い(ていうか早い話ある種の使い込み)のままだ。嫌なことを思い出した。もう少し待ってね、山田君、中尾君、ニイミ君。明日の土曜は(明けて今日か…)戯曲塾のダブルヘッダー。明後日(日曜ですね)が演出者協会のトーク系お仕事。流山児さんは何度会っても緊張する。想さんとは160度違った緊張だね。そうそう、戯曲塾(長久手)に関しては東京公演中の、確か11月6日だったかな?、朝日新聞(中部版?東海版?名古屋版?)の夕刊に寄稿記事が載ったので、興味のある方はバックナンバー検索を。

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2008年11月13日 (木)

ゆるゆると社会復帰?

東京での「死立探偵」最終公演が終わり、劇団員たった7人で稽古場への荷上げを終え、あっという間に3日が経っていた。気付けば西武とオバマが勝って小室が捕まったらしい。珍しく楽日の直前まで粘った公演だったから、やはり通常の時間の流れから、かなり隔離されていたらしい。普通なら半日ぐらいで気分は復帰するのだが、今回は思いのほか手間が掛かった。ま、復帰するべき社会もないので、生活のリズムを取り戻すためのタイムラグって話だ。きっかけは、ふと3つある「生活のための通帳」を見たこと。なんと残高が6300円になっている。しかも生命保険や損害保険などで毎月3万は引き落とされる奴なのだ。さっさと現生を入れないといささか面倒くさそうだ。あ、まてよ、今月はJAFの年会費が引かれる月だ。家族会員だから6000円。残高が300円。これはちょっとした記録である。確かにこの季節は、遠出が増える(つまり経費が先に掛かる)割りに、相手が公共なので支払いは後回しって仕事が多いから、毎年やりくりに苦労はするが、いやぁ、これは近年まれな事態である。12月には車検も控えているし、どうやら公演終了の残り香に浸ってばかりも居られない。焼き芋屋のバイトでもするかな。持病の腰と膝に悪そうだなぁ。などなど、久々の書き込みはいきなり切迫して始まるのである。ちなみに「つぼやき」とは「つぶやき」と「ぼやき」の十分条件的言葉だが、当分は後者が続くであろう。そして本当に「つづく」。

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