生活のつぼやき

2010年1月 6日 (水)

スズナリでお逢いしましょう

またも走り書きである。朝の7時台の新幹線に乗るためには、おいそれと眠ってはいられない。まだ荷造りもすんでないが、性懲りもなく走り書いている。いよいよ桃園会「ぐり、ぐりっと」の最終公演・スズナリの小屋入りである。どちら様もお見逃しないように。僕は若干の新しい演出的な試みを懐に携えながら、それより大量のほかの仕事をこっそり鞄に詰め込みながらの旅公演。済んだ仕事の事務処理や、タレント学校の成績表や、次の発表会のキャスティングや、遅れている依頼台本の構想&書き出し、年度末への予算書などなど。さすがに今回は、本番までの空き時間を気軽に下北散策なんぞしてはいられそうもない。思えばこの正月も慌しかったなぁ。なかなか心底「休み」を実感できなかった。ココ何ヶ月もそんな感じで日々がただただ過ぎ去ってる気がする。強いて言えば、愚息と冬休みのロードショーを観に行った(仮面ライダーWの吉川晃司は楽しかった。まさか変身までしてくれようとはね♥…)のと、丸2時間雪合戦をした事ぐらいかな? まあ、それらも、疲労を伴っての事だしね…。ああ、いつか、夢見るように眠りたい。目覚めなければそれでも良いや、と思えるような眠り。…そうか。もしかしたら、演出仕事だとそれが上手く区切れないのかもね。書いてないからな最近。芝居を一本書き上げた夜(別に朝でもいいんだけど…)の、あの「もう何があろうが誰が文句を言おうが、自然に目覚めるまで眠ってやるぜ」って開放感が、思えばこの半年得られてない気がする。でも、だからと言って、完全な眠りを求めるために、あの長くて孤独な作業に向かえるかと言えば、それも違う気がする…。因果なモンだな。芝居も劇作も。ならばいっそ……あ、しまった、出張前にカメの水槽を掃除して片しておくよう家人から言われていたんだっけ……そうそう、とうとう2匹目の「ミドちゃん」も先日他界してしまったのだ。正月早々、近くの河原にお墓を作るため、愚息とスコップ持って出かけたなぁ…。さすがにその時は神妙に手を合わせていたけど、帰り道は替え歌合戦ではしゃいでいた。強いよね、子供の精神は。そういう風に出来ているんだもんね。てなわけで、ブログ更新ももちろん、しばしPCメールも見られません。お急ぎの方は携帯の方へ。さぁ、荷造り荷造り、あ、いや、水槽が先か…。

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2009年12月15日 (火)

しわすでごわす…

完全なボヤキです。先月末に母親の輝子さんが両手を骨折する怪我をして、83歳にして初めてのギブス生活。病室が満杯で今ウチで看病してるのだが、僕はといえば、桃園会の稽古で大阪に2日間、4日間、1週間と不定期に出張をしていて、その間に2つの戯曲塾の発表会作品の苦難の選抜をして、ウチ一つは年内に発表会。その稽古もあって、岐阜に居てもほとんど家では落ち着けない。家人や愚息のストレスも溜まる中、選抜に落ちた塾生のグチも聞きながら、師走の隙間風が吹く僕の部屋には、大掃除とは逆行して残った仕事が溜まっていく……。久々なのに短信ですいません。今夜から土曜日までは大阪に篭ります。各分野の不義理をしている方々、誠に申し訳ない。週末の伊丹・アイホールをよろしく。金、土、日の4ステージ。深津氏の戯曲世界に何とか追いつく算段はあるのだが…なかなか見ごたえある歴史的なバトルです。ぜひ客席で目撃して下さいませ。例によって当分PCへの連絡は見れません。お急ぎの方は、ぜひ携帯の方へご一報を。

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2009年11月18日 (水)

天高く、我はノートを持ち上げて…

先日、故知の疲れている女性を勇気付けようとして、「…ずっとファンだったしさ…」と言おうとして、その「ファン」を間違えて(というか、どうにも言葉が出なくて)「タイプ」と言ってしまった。「…ずっとタイプだったしさ…」。長い間があって、こちらを見た彼女の目には明らかに警戒の色で「タイプ?」…。何だか急に、それまでの空気が陳腐で下世話なものになってしまった。皆さん、言葉選びには気をつけましょう。さて、ココからが本題……。僕の仕事部屋がアパートのメゾネットタイプの下の階にあることは、どこかで書いたと思うのだが、NTTを含めいろんな回線の大本の本体は上の階にあるわけですね。んで、僕のノートパソコンには無線LANの端末がUSBに刺さっていて、そこから2階へ一旦無線で送っているわけ(どうにも説明が素人臭いなぁ…)。んで、少し前まで快適なネット環境だったのだが、どうも秋になってから送受信に時間が掛かったり、途中で切れたりしてたのね。んで、この無線の部分の環境が、もしや悪化したのかな?…って思った素人の私は、ある日、メールの受信中にノートを2階に向けて持ち上げてみましたとさ。「とさ」って何? そしたらあ~ら不思議不思議。残り数十だったメールが心太のようにスルスルスルと……素人考えが的に当たった時の「その後対処」も、実に素人的でございまして、以来僕は、メールの送受信やネット立ち上げの際には、必ず「天高くノートを差し上げる」という、実に原始的な行為を続けざるを得ないのです。我ながら結構笑えます。これこそが最近の私の「ネット環境」なのであります。先週、4日間の大阪演出修行から帰ってきたら、届いてたメールが864通だった。読む必要があったのが9通だけ。本日からまた出張。今度は1週間の大阪滞在です。急用やメールはぜひ携帯の方に。戻るのは25日。文化庁の来年度の申請は締め切りを過ぎている。列車の中で新作のタイトルが決まるはず。いわゆる綱渡りな段取りですね。きっと帰宅後のメール受信は2000を超えて、その間僕は長くノートパソコンを肩に担いで居る事でしょう。やれやれ。

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2009年10月28日 (水)

一目置いて、一肌を脱ぐ。

昨晩から桃園会の「出張稽古」スタート。深津氏不在の稽古場に、緊張やら動揺を隠さない劇団員の面々が眩しい。少し台本を読んでもらうだけで、いかに深津作品を愛しているか、いかにウソなく愛そうとしてるかが、皆々からバシバシ伝わってくる。ある意味今では珍しい(ココで「ウチでは考えられない」などと書くと、後で大事になるコトを僕は既に学んでいる…)ほど純粋な集団の在りよう。心地よい眩暈とともに不純な自分に不安も増すが、そこは見せずに乗り切る。さて、夜の10時まで大阪で稽古をして自宅に戻ろうとすると、手段はただ一つ。自宅から米原まで車でロングドライブして米原駅前に1DAYパーキング。東海道線の快速で梅田まで出るわjけだ。こうしないと帰路がどうにも無理になる。米原で足止めになるわけだ。新幹線でも在来線でも、もっと早く稽古を上げなくてはいけなくなる。もちろん全行程車って手もあるが、流石に高速使わないとどれだけ時間が掛かるか判らない。高速は高速で今度は金が掛かるしね。ちなみに米原までは下道で約1時間20分。昨日は10時少し前に上がって、家に着いたのは2時だった。往復約8時間かけて「正味3時間の稽古」に通うわけで、いやぁ、一人旅好きの演劇人には最高の贅沢ですよぉ~。あ、これ、決して愚痴や嫌味ではないので念のため。悪いけど、僕はそういう人間なのだ。もちろん列車や車の中では、少なくとも部屋に居るより仕事がはかどる。選曲したり、読書や領収書の整理も出来る。それも少し引っ掛けながら…結構「至福に近い」状態なのだ。むろん家族や地元の人たちには「結構大変ですよ~」とか言ってるが、実は次の出張を思いニマニマしていたりする。見舞った友人の笑顔も思い出し「次はもう一本早く出てみるか…」と時刻表を広げたりしているのだ…。…今日は今日で、僕の最新作「僕らの玉手箱」の公演を控えた小学校6年生28人が待っている。これまた今時珍しい仲良しクラスの面々で、学校へ向かう田舎道も含め、とってもノスタルジーを味あわせてくれる仕事。11月7日(土)午前10:40に1回こっきりの上演会。あ、これね、本気で観劇したい人は、見れるように出来ますので、僕に個人的なメールをぜひ。

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2009年10月 1日 (木)

世代の距離、そしてヴィヨン。

あっという間に10月ですねぇ。今年もあと3ヶ月かぁ…すっかりのご無沙汰です。中津川演劇キャンプは期待以上に楽しかったっす。「柄本明ワークショップ」、「生きている小平次」、「狐の嫁入り」などに感銘多く、特に大会フィナーレを飾った「菊の会」の公演には驚嘆。82歳・竹内菊の「狐の舞」から目が離せない。名声や受賞の噂だけは聞いていたが恥ずかしい事に初の観劇。森山氏のドラムスとのコラボももちろんだが、何より客を楽しませる発想力に脱帽。さすがは和田演出者協会会長のお墨付き。鍛え抜かれた肉体、揺るがない古典芸能の切れ味と笑い、アングラ演劇の生々しさ、小劇場のリアリティー、それら全てを飲み込んだような構成で、観ているものの想像力の息をつかせない様は、まさに和製フィリップ・ジャンティーのよう。でいて本人は「私は演出家としてはまだまだ新人なので」と。これがまた少しも嫌味でない空気で。大会の終了、バラシを終え、帰宅の予定を延ばして打ち上げに参加。真っ先に菊さんをつかまえていろいろお話を聞く。50歳で家元を離れ、いわば「流派に背を向けての」独自の活動が30年。一応80歳で引退を発表したが、和田会長が「ぜひ明治座(文化財でもある地歌舞伎小屋)でも」と引っ張りだしての今回なのだ。失礼ながら引退の理由を聞けば「だって、リサイタルやればいつも満席になっちゃってね、私自身が(その状況に)胡坐をかきそうになっちゃったからね、すぱっとね」との言葉。どこまでかっこよく戦っているのだこのヒトは。ウチのお袋と同い年。何処までも物静かで涼しい表情。いやぁ、あんな風に居られるなら長生きも悪くないかとチラリ。我らが北村透谷の「蓬莱曲」も無事何とか終了。若者とお年寄りから、やたら高評価を聞く。同世代の演劇人はノーコメント、というか観てもいない面々多く、これも最近の演劇状況を反映しているようで興味深い。自己評価は65点かな。ゲネは77点だったが、これもまた一回こっきりの発表ではよくあるケース。個々の役者の肉体・精神状態を演出が完璧にコントロールはできない。できないからこそ芝居なんだと、最近は明るい諦めをしているよ。客演の3名もありがとね。お疲れ様。にしても…ウチはともかく菊の会のフィナーレ公演を観ずに帰った若手・中堅の表現者に対し、心底同情いたします。話題変わって……久しぶりに家に帰ると、9歳の愚息がニマニマしてる。理由を聞けば運動会で自分の赤組が2点差で勝利したらしい。いくら「小学校に入って初めて勝った」とはいえ、「お父さんはお前の年には既に、あんなものはあくまで、あまりに多人数の集団の、個々の戦いの結果であって、自分の喜怒哀楽にはそれほど影響なかったぞ」と思うが口にはせず、むしろその純粋さに少し羨ましさを覚える。数日後、今度はえらく落ち込んでいるのでまたぞろワケを聞くと、近々バスでいく社会見学があり、その道中に皆で歌う歌の募集があり、自分はオレンジレンジの「以心伝心」と「いけない太陽」を応募したがいずれも外されたらしい。きっとバスの中、リーダー気取りで先頭たって歌いたかったのだろうなぁ…。とはいえさ、そこまで落ち込む事かよ、とは言わず「小学校4年には歌詞が大人すぎたのさ」と慰める。「それに少し古いかもね」とは、やはり言わずにおいた。何しろ車に乗ったとき、繰り返しかかるCDを全部覚えるのが彼の趣味だと知っての事だからね…。にしても…いつも教えられるのは、大先輩と子供だよな。特に最近は…。若手の創造者達に「君らは同世代性に依存しすぎてないか? 身近な評価に時間を奪われ過ぎるのも、ある意味勿体無いぜ」などと苦言を言いながら、逆に同世代をあまり信じられず、いろいろ見過ごしてしまっているのは自分の悪いクセではないかとも思う。などと殊勝な事を言いながら……明日は「太宰を読む・ヴィヨンの妻」の小屋入り。週をあければ「河童橋の魔女」東京公演の荷積み、仕込み、ゲネと向かう。ぜひぜひ劇場に足をお運びくださいませ。「世代を超えた」想像力の交流をしようではありませんか(汗)……。

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2009年9月18日 (金)

疎開してきますね、4日間。

明日からは「演劇キャンプ」のために中津川入り。とは言え朝早起きして、愚息の運動会の場所取りをして、応援の祖父母に鑑賞環境を整えてから、こっそり抜けて単身車で「常盤座」へ。地歌舞伎の伝統的な芝居小屋や、咲田とばこの青年子爵ぶり、岩木淳子の多分見納め女子高生制服姿など、怖いもの観たさが売りの「蓬莱曲」は21日18:00から。一回こっきりのアクティブリーディング。レア物好きはお見逃しなく。にしても、昨日の事務局用のアクテノン印刷はきつかった。「一人で2時間半休みなしだぜ」と劇団員に愚痴ったら「へぇ、はせさんて一人で印刷任せられるんですね…」と逆襲。余計な前例を作ったか…。昼飯に、かねてから機会をうかがっていた「グリーンカレーラーメン」にトライ。残念な結果。味はともかく麺がなぁ…。お湯入れた後のカップめちゃ熱いし。日本のカップ麺の技術は凄さに改めて関心。この歳になると「ヒトとしてあと何食味わえるのだろう…」とよく思う。最近とくに「上手くないモノ」で腹が満たれると悲しくなる。「劇団死期」とか立ち上げたら売れんかなぁ…売れんくてもいいけど。

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2009年9月13日 (日)

「ともだ、おれ」の恐怖。

寸暇を惜しんで午前様ブログを敢行しようとしてるのに…なんなんだ? この通信速度の遅さは…!? 日曜の午前って、こんなにビジーなのかなぁ? ってなわけで、またまたクイック送信でございます。先日「ヴィヨンの妻」の原作ノーカット版の朗読劇が10月頭に長久手であって、映画の封切り前だから「見る前に聞く」を勧めたばかりですが、ウチの劇団の「河童橋の魔女」も10月のスズナリ公演の前に、雑誌「テアトロ」10月号に台本掲載となりました。間違っても「本屋で立ち読みしてつまらなさそうだから芝居もやめる」にだけはならないように…。「蓬莱曲」は台本あがるも役者2人の新型インフルの回復待ち。「県内も 意外に遠きは 中津川なり」。

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2009年9月 9日 (水)

『プレッシャー』 ~短信ヴァージョン・スタート~

ヒトから「貴方は自分の気楽なブログでまで『整合性ある文章』を求めてるでしょ? 滲み出るのよ、そういうのって…」と言われ、超短いヴァージョンをスタートすることにした。長久手町とタイアップで「ヴィヨンの妻」のノーカット朗読劇を造っているさなか、映画の方が受賞したらしい。こちとらは映画一般公開より前なので「読んでから観る派」が増えると良いな。北村透谷「蓬莱曲」の戯曲化(!)(笑)が後一歩。環境テーマで28人の小学生が出る劇も完成まじか。これらが済めば年内の作劇は多分3本残し。雨が降ってないのに稲妻が走る夕空を見あげて愚息がボソリ。「キツネの離婚や…」。どうやら「天気雨の逆」という意味合いらしい。

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2009年8月16日 (日)

盆の毒気と背中の怪現象

今年もクーラーの無い書斎でとってもエコな夏。午前中が勝負だからね。だいたい盆の時期は親戚関係のお付き合いで行事が埋まり、ココにも座っていられないのが常なのだが、今日はフと偶然生まれた中休み。久々にパソコンをつなげれば受信メールの数が248。その大半がエッチと在宅と薬物のお誘い。世も末ですなぁ。んで、今月中の仕事を整理していて一瞬気を失いかけた。溜まりに溜まっているではないか…。台本関係が大小とり混ぜて3つ。書類系が5つ。段取り系(人が絡む)が3つ。これらを明日からの恒例の「敦賀の海」、週半ばからのアクテノン小学生WS、愚息の夏休みの課題追い込み、などなどの間にこなさなくてはいけないらしい。最近の若者はいいよなぁ。簡単に「あ、それ無理。」で片付けられて…。にしても、燐光群のイプセンは面白かったなぁ。いい仕事してますねぇ坂手さん。演劇の愛し方、愛され方をちゃんと判ってるからなぁ。昔からそんな人だと知ってたけど。ちょっと羨ましかったよ。疲弊しながらでもあんなの作れちゃうんだからさ。昨日は親戚のお寺で盆の法要。檀家がいっぱい集う中、我が書斎と同じく扇風機と時々流れる自然の風だけが頼みの読経の中、少し神妙に「この1年で他界された面々」を振り返っていた。いるいる。いたねぇ今年も。どんどん身近な人たちが増えていく。少し丁寧に振り返って、それぞれに挨拶してたら、知らないうちに長い読経が終わって焼香になっていた。こうして人は少しずつ抹香臭くなっていくのだろうか。最後の精霊流しの後で、急に寒気がして発熱したのも、何かしら「量」と関連あるのだろうか? 「引っ張らないで」ね。もう少しね。さて、行事には一応、供養の意味も含めて、黒っぽいお気に入りのアロハを(普段着かって? まあまあ…)着ていったのだが、墓参りに向かう途中で、家内に背中をつつかれる。「これ、背中の下の方が煤けてるよ」。「うそぉ」とカラダを捻って見てみたら、アラま。なぜかプリントの柄が、腰の辺りで脱色したように白じんでいる。そういえば前の日に履いていた短パンも同じくお尻の部分に、原因不明の擦れたような脱色の汚れがあり、指摘されたばかりだった。どちらも洗いざらしを着衣したから、洗濯した前に起きた現象に違いない。家に戻り、そのアロハと短パンを並べてみたら、脱色系の汚れ具合とその模様が見事に一致する。つまり洗濯の1回前に、このアロハと短パンを組み合わせて着ていた時があり、その際に汚れたとしか思えないのだ。例えば知らずに薬品のこぼれていた椅子に腰を降ろしたとか、何度も滑り台を興じたとか……もちろん思い当たるフシはない。持病の腰痛のため、確かにこのところ連続でシップ薬を張り続けてたが(位置的にはまさにそんな感じね)脱色の方向はあくまで外側からで、例えば下着とかアロハの裏側には何の影響も見て取れないのだ。9歳の愚息がさらりと「知らないうちに霊を座って潰したんじゃねえかい?」と言う。「だから今日汚れたんじゃないって言ってるだろ」と切り替えしたが、思わず語気が強まっていた自分に失笑する。潰してたらゴメンネ。にしても、何もこんなにお気に入りのアロハでなくても…。これは先日リサイクルショップで購入したモノ。他に目的あったのに、なぜかそのコーナーに吸い寄せられるように足が向き、一目見たときから惹かれていた奴で、なぜか良い状態なのに思いのほか値段が相場より安くて…え?…そういうコトですか?ご先祖様…確かに袖を通した際に静電気のようなものがバシッとね…とか何とか言いながら、ちゃっかり帰り道には別のアロハを7割引でゲットしました。アウトレットではあるんだけど、流石に「新品モノ」にしておきました…。

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2009年4月13日 (月)

空間との決別…もしくは善意への憧れ。

先日、ドライブ中の愚息(九歳)が申すには「そういえば父ちゃん…」「ん?何?」「おばあちゃん家と稽古場の間のサークルKがやられたよ」「え? やられたって?」「つぶれてたよ」「ウソっ?」…少し回り道をして確認すると、確かに看板が下ろされシャッターが閉じている。 そっかぁ…結構お世話になってたよなぁ…時代の流れに「やられた」かぁ…。経営者のご夫婦とは結構話してた店だったのになぁ…。台本のコピーにもよく使っていたなぁ。原本を機械の中に忘れていって、それを丁寧にビニールに入れて次までキープしてくれていた。次に僕が立ち寄った時、わざわざ声かけてくれて、その時から会話が始まったんだよなぁ。向こうは何となく台本っぽいものを書いてる人種だと知っているのに、それには触れず、こちらも照れるからその辺は遠ざかりながらも、結構良い距離感で話してたのになぁ。松任谷由美の「リフレインが叫んでる」ではないけれど、どうしてもっとちゃんと近寄っておかなかったんだろう? 2度と会えなくなるなら…。そういえば、先日、ランチタイム終了間際に(つまりシエスタ前最後の客で)財布を忘れた店があって、3時間ぐらい経った後で、全く別の雑貨店で物色していた僕に、これまたたまたまそこに来ていた先の店のマスターの女性が僕を見つけて「もしかしてお客さん、さっき私の店で財布を落とされませんでした?」と声を掛けてくれたことがあった。「ちょっと待ってて」と言って、店まで戻り僕に財布を渡してくれた。おかげで警察に出向く手間もなく、僕はその偶然と彼女の「基本的な善意」に感謝した。もっと以前にはこんな事もあった。今池で飲むために、車を駐車場に入れた際に(もっと飲酒がうるさくなかった頃の話ね。あ、でも広めないでね一応…)携帯電話を落とした僕。小粋なジャズの店で(そういえばココもつぶれたな…)飲んでると、一緒に飲んでた友人に電話がかかり「イラン人の人がアンタの携帯を拾ったって言ってるんだけど…」と言う。確かに待ち合わせの確認で、僕はその人の携帯に落とす直前に電話をしてて、着信履歴が残っていても不思議はない。「彼」はミスドの前で待っているから来いという。僕は意を決して、財布の中にある程度の「お礼の金」があることを確認してミスドに向かった。ラッパー風で、僕よりかなり背が高い彼は、僕の携帯をヒラヒラさせながら待っていた。何より彼の黒光りする顔は、深夜の今池に、少なくとも僕より似合っていた…。僕が携帯を受け取ろうと手を伸ばすと、彼はすっとその携帯を取り上げ「ちょっと待て」と言う。そして何やら僕の携帯を器用に操作しはじめる。僕はその時点で、かなりの金を請求されるのを覚悟し、最悪もっと酷いことに巻き込まれる自分を想像したのだが……次の瞬間、彼は僕に発信の履歴を見せてこういった。「これ、多分アンタの友人。オレこの携帯拾って、まずこの人に掛けた……」つまり自分が勝手に僕の携帯を使ったことへの謝罪と理由を説明しだしたのだ。あっけに取られながらも、その真意に気付き、「本当に助かった。君に何かお礼がしたい。良ければ僕の友人と一緒に飲まないか? 奢らせて欲しい」というと、彼は「オー、ブラザー。気持ちだけで十分よ。困った時はお互い様。オレも今彼女を待たせている」と言って、後ろ手に長い腕をヒラヒラさせながら、深夜の今池に消えていった……。僕は自分のつまらない先入観を心底恥じると同時に、いつか彼の事を芝居にしようと心に風景を刻んだ。……街角には多くの悪意が溢れているけど、時々宝石のような「善意」も息づいている。そしてそれらに、2度と生きてる間には再会しない。僕達はそういう風に時間を消費し、生きている。……話がいやに飛躍したけど、つまり劇場がなくなったり、通いなれた場所(そういえば明日の14日、名駅近くの大好きだった店が閉じるらしい…僕は稽古で生憎行けないけど…)が終わりになると、僕はショックが結構後を引く。ある意味、空間に意味合いを求めすぎる劇作家の、ささいな職業病かも知れないけどね…。

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