完全な自己ログ

2009年10月19日 (月)

我が久遠の加藤和彦

「河童橋…」の東京公演を終え、今回はいわゆる「社会復帰」に丸々1週間かかり、そろそろまとめでお礼ブログを書かなくちゃと思っていた矢先に、これはかなりキツイ訃報だ。耳ざとい人なら(劇団員も怪しいけど…)今回の芝居の客入れの間、ずっと流れていたのが加藤和彦氏のアルバムだったと気付いたはずだ。僕はずっと彼の(確か5曲目)歌声をバックに前説の注意事項や宣伝を喋っていた。「やっぱ何か落ち着くんだよね」とロビーで話してたりしてた。ワイドショーでよく振り返りで流れてる懐かしのフォーク・クルセイダーズのミカバンドの頃の、売れてた頃ではない時代、もっと最近の(とは言え20世紀だけどね…)シャンソンベースだったり、安井かずみとの欧州生活の頃の小品だ。「あの頃、マリーローランサン」なんかは僕の中では最高の逸品で、かつてナビロフトで上演し名古屋市の賞までいただいた「中野エスパーをめぐる冒険~大改訂版」では最初と最後のテーマ曲としてアルバム中の曲を使わせてもらった。歌詞が入った曲をそのまま劇中で流すなんてウチでは普通ありえなく、少なくとも日本語のモノでは加藤和彦さんオンリーだった気がする。今回客入れで(少なくとも不条理と現実の「アイノコ」なホテルのロビーを飾るのは、彼のメロディー以外に思いつかなかった)流していたのは、その3作ほど後のアムバムで、多分、最も売れてない頃ではないかと思われる。

そんなに遠くはないいつか…ミックジャガーもデュランも死ぬだろ? 俺はその日、店を臨時休業にして、丸一日CD聞くんだよ。一人だけで追悼する。一人づつ、一人づつ、お世話になった神様全員を見送るのが、これからの人生だ。それでいい。俺の神様を知らない世代なんかに生まれ変わりたくないのだよ」

…何年か前に東演さんに書いた「大地のカケラ」って戯曲の中、ミュージシャン崩れの地方在住者・千葉のセリフ。なかなかそうもいかなくて、今日ものこのこ大学なんかに出向くわけだ。清志郎の時もそうだった。二日酔いのレッスン場が遠かったなぁ…。余りに安直でありきたりな発想と苦笑いしつつ、どうしても天国のバーで先に逝ったかずみさんと一緒にグダグダ飲んでる和彦氏のイメージが沸いてしまう。やっぱ最後まで我侭なドンファンだったのね。いや、魂だけは少しだけ先回りして、ホテル河童橋のロビーで酔っ払っていたのかも知れないか。合掌はせずに今日一日、唇にハミングを欠かさずに。

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2009年8月 8日 (土)

保険屋N氏の静かな死

前回の終わり方が「同業者の訃報が…」だったので、混乱を招くといけないのだが、今回綴るのは「その人」の事ではない。「その人」について書けるとすれば、それはもう少し先の話…人と人の距離には優先順位があるものなのだ。まだ僕がココで話すのは失礼にあたる。もちろん「その人」の死が、今回書くコトの動機にはなっているのだけどね……とココまで書いて「急ぎ保存」したのが先月の末日(とうとう一月に最低2回更新の公約も破ってしまった…)だった。またぞろ書いてる途中に「知人の訃報」を聞き、筆を取り合えず置いたのだ。そして数日躊躇してたら今度はベテランの演劇人がこの世を去り、さらに先日、お世話になった中日新聞の名記者が亡くなった。北村想さんもブログで書いてたけど、ほんに夏はサバイバルでんなぁ。古い親戚に言わせると「引っ張られた」とか言うらしいけど。2週間の間に(大谷直子を含まなくても…)4人でっせ。んでね、このN氏の事も、ブログとの相性が悪いならやめようかとも思ったが、逆に盆前にちゃんと書いておくのも供養かと思い、重い筆をとる事にした。……N氏とは、僕が二十歳過ぎた辺りからの付き合いだった。自分でも親戚だったかと勘違いしそうな「おじさん」は、いわゆる保険屋さん。もしかしたら僕が22歳の時に他界した父親と、別れてすぐの出会いだったらから、N氏には父親の残り香を感じてたのかもしれない。実際、事故処理で会った時など(ま、これこそ職業上だったのだけどね…)気の利いた慰めをもらったり、甘えてると叱咤してくれたりもしていた。その保険屋さんの「N氏」が死んだことを告げられたのは、つい数ヶ月前のことだった。同業を名乗るTさんという若い男性から、それも電話で。早い話、自動車保険の担当者が変更にならざるを得ないので、その挨拶を兼ねての電話だった。電話口のTさんの口調は、感情を抑えた穏やかなモノ言いで、お陰で僕は、十分に驚きながらも事実をちゃんと受け入れる事ができた。進行の早い癌に侵され、余命の宣言も受けていたらしい。何より通夜も告別式も2週間以上前に全部終えているという話。「水臭いぜNさん…」と残念に思いつつも、かといって具体的な”別れの場”を見いだせぬまま、忙しさにかまけていた。そして先日、保険業務を受け継いだ「若いTさん」の訪問を受ける。何のことは無い、年に一度の契約更新のための事務的な顧客周りである。生前のN氏とも、こうした年に1度の(喫茶店での)無駄話で十分交流を図っていた。「コウちゃん(彼は僕をこう呼ぶ…)さぁ、僕なんかとは会わないほうが暮らしが安定してる証だからさぁ」との、お得意のフレーズを思い出す。死神気取りでもなかったろうに……。そして若いTさんは、僕の部屋でとても紳士だった。極めて穏やかに事務的な手続きを進めるTさんをさえぎり、N氏の死にまつわる情報を欲する僕。「そうですか。そうですよね。では、少しお時間を頂きますが…」とTさんは話し始めた。彼の話を要約すると…N氏が亡くなったのが昨年の年末。んで、そのN氏からTさんに電話があったのが12月に入ってからだったという。既に死ぬ1ヶ月前をきっている。「僕のお客さんを引き継いでくれんかね」。N氏はいわばフリーの保険屋であって、若きTさんは歴とした会社員。N氏はフリーとは言え代理店との契約はあるわけで、つまり、Tさんはいわゆる「本店」の若手外回り。フリーの身にすればライバル、年の差では早い孫にあたるくらいの間柄だが、どうやらおじさん(=N氏)は、この若手をどこかで「見込んだ」のであろう。Tさんはそげな事は口にしないけどね。とにかく「もう年だから引退するから」という理由で引継ぎ業務を依頼したわけだ。面倒が起きそうな顧客から先に、2人で一軒一軒回って説明をしたらしい。それが12月の中ごろ。やがて一緒に回ってるうちに「もしかしたら来年は一緒に回れんかもしれんで…」とボヤき、不治の病の事を告白したという。驚きながらもTさんは「信じとうないけどあえて聞きます。もしノノさん(彼の愛称)がおらんくなられたら、僕が引き継ぐお客さんにはどうやって伝えればよいのでしょう?」。N氏はまるで「待ってました」と言わんばかりの笑顔でこう言ったという。「そこや。僕らは幸いなコトに、年に一度の面談更新があるやろ。そのときに悪いけど伝えといてくれんか? 適当でいいからさ」。すでにこの時、葬儀の際、自分の顧客には一切知らせない旨が、遺言として残されていたらしい。どちらかといえば保険にあまり興味が無く、クールな対応の僕ですら惹かれた人柄のN氏である。実際に100近かった顧客の中で、親身な付き合いも多かっただろう。「水臭いなぁ」と思った人も多いはず。でも、若いTさんも顧客から聞かれない限り、N氏の死は必要以上に伝えてないという。N氏はこうも残したらしい。「確かに親戚以上の付き合いも多いけどなぁ…でも、押し付けたらあかんのやわ。保険屋とお客さんは、やっぱ数字の付き合いが始まりや。顧客の「死」を相手にするビジネスやろ? 自分の死まで付き合わせる道理は、どうしてもオレには見つけられへんでなぁ…」。最後まで「ぷろふぇっしょなる」やったんやなぁ、ノノさんは。

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2009年3月 9日 (月)

チワカさんの記念日。

長いご無沙汰です。連日の長久手通いで、さすがの運転好きも閉口気味。6本の短編は、名古屋の俳優達の感性を借りて、徐々にお披露目に向けてコマを進めているものの、1日3時間の稽古で平均3本づつを演出しようとすると、さすがに僕が作品ごとに稽古場使用している部屋を、マラソンすることになる。そんな中で、やはり嬉しいのは塾生からの差し入れ。ついつい甘いものも口にしだし、体重が少し心配にも。そんな日々の中、昨日は七ツ寺共同スタジオで京都の下鴨車窓の「書庫」を観劇した後で、大阪のドン・小堀純氏、作演の田辺剛氏とアフタートーク。その後、お酒もお茶もパスしてやはり長久手に直行した。実は昨日は、京都の女優・荒木千童さんの命日にあたり、なんとも不思議な縁。アフタートークの話題では、故中嶋さんや故遠藤さんもチラつき、作品も閉塞感と死の薫りが漂うものだったので、トークの席上、千童嬢の名前も喉まで出掛かっていたけど、そこはグッと堪える。きっと、さすがにネタにしたくなかったんだろう。僕にしては珍しいことだ。今日は書いてるけど…。長久手の怒涛の稽古を終えて、本当なら京都の、彼女が住んでいた部屋に「命日の挨拶」に深夜ドライブで駆けつけたかったんだけど…諸事情で敵わず、発表会スタッフ達と深夜の打ち合わせの場、ファミレスの、皆がドリンクバーやトイレに席を離れた隙にこっそり1分間の黙祷。事情知らない人には、溜まった疲れに身を委ねている風に、映るだろうと願いつつ。「想いの速度」とでも言おうか、脳の電波信号は実に素早いモンで、彼女と交わした数少ない会話、初めてゲスト出演してもらった時の演技やサラ・ケインの舞台、病室、お別れの時の寝顔、そんなこんなに想いを馳せて、今年一年の報告をして、腕時計を見たら、まだ50秒しか経ってなかった。少し悲しい。「想い」は時間だけでなく空間をも軽々と超越するはずだから、きっと遥かかなた西方の彼女にも、瞬時に届いたに違いない…と、勝手な理屈を整えてミーティングに戻る。せめて誰かとにごり酒でも傾けながら、少しぐらいしみじみしたかったけどね…。日付変わって憔悴のテイで家に辿り着き、これまた奇しくも塾生が差し入れにくれた「蕎麦100%焼酎・珠玉」でさらにお見送り。さすがに今夜だけは階下に眠る母子(いわゆるメゾネットタイプなんですね、ウチの住宅)に挨拶もせず…。日々は相変わらず心太のようにつるつると過ぎていく。自分の心根が一番信じられない気がしてくる。死者の魂を畏怖し、尊びたいと想うのは、一番遠くにいるはずの彼ら/彼女らにこそ、自分の「修羅なる内」が見透かされている気がするからか?…いやいや、死後の世界に何も期待はしていない。あちらに行って、一晩ぐらいは先輩達と飲みたいけど、それも現世の慰みでしょ? 神話になんかなってたまるか。そんな事は、芝居でとっくに経験済みだ。だって、終わるから良いんでしょ? ヒトも芝居もさ。芝居の方は、時折、再演話も持ち上がるけど、中には復活させてはいけない作品ってのもあるわけよ。ちゃんと葬ったままにしておかないといけない情念もさ。この辺りはまたいずれ。つまり一睡もせずに蕎麦焼酎を飲み続けているんだけど、今夜はまた某劇団員の2度目の送別会。世間並みに別れの季節だなぁ…。今年の桜はいかがでしょう? 支離滅裂。獅子奮迅。私語厳禁。ウチ、酒乱かしゅらん?

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2008年12月20日 (土)

消耗し続ける男達へ。

なんか村上龍の言い草みたいだけど……先日、大学の講義の合間に浜松のヴィレッジ・ヴァンガードで、宮台真司(実は結構共感する部分も多かったりして…)の、対談集を立ち読みしていた。そこで彼曰く「東大生は(自分も含め)すべからく自分の彼女が野獣系の男に奪われるんじゃないかという不安と共に生きている」みたいな記述があって、これまた少し共感してしまったわけだ。思えば男女の関係において、その営みが上手く行くか否かは、結果的に男性側に背負わされている。もちろん野獣系の方々には思いも付かない考えだろうけど。ええい。歯に衣着せていても仕方ない。つまり「立たなかった時」の話よ。大体自分の経験からすると、女性は「私に魅力が無いのね…それとも愛してないの?」ってタイプか、「いいのよ、よくある事だし…全然気にしてないから」のどちらかなんだけど、実際はそのどちらでもない実につまらない(女性にすれば)理由だったりするのだが、どちらにしても「男の所為」には違いなくて、より一層負担は大きくなる。ナイーブ系は困ったことに、この経験がトラウマになって、次の機会はより一層ハードルが高くなるわけだ。悪循環だよね。でもそれも全て「そういう風に出来ている」かも知れなくて、それが全ての地球上の争いごとの根源だったりして……なんて事を「燐光群」の芝居を見ながらボンヤリ考えていた僕は不謹慎な非国民でしょうか? ちょっと長いよ坂手さん…。部分的には「戦争を忘れない会」の啓発的巡回芝居に思えるところも…。あ、そうそう、歯医者は無事に終わって、上の前歯だけは仮歯を入れてもらって結構満足。もしかしたら現実的で表層の世界に生きているのは僕の方かも知れない。今日は今年最後の2つの戯曲塾はしご。両方の発表会ノミネート締め切りが重なり、駆け込み提出の山。未読の作品も溜まっている。加えて長久手の方は恒例のクリスマス&忘年会。プレゼント交換の品が上手く買えるかと、カミサンの機嫌が悪化しないか、がとても心配。

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2008年11月14日 (金)

英断チカテツな夜

それは不意にやってきた。長年意識の奥底にある、とある「想い」というか「習慣」というか「時間配分」に対して、思い切って決別を図ってみたのだ。PCの中にある数年来の綿々としたデータも消去した。まずは「ゴミ箱」に捨てて、その後、少しだけ迷って「ゴミ箱の中を空に」した。やってしまえば、あっという間の出来事だった。昔、クリエーションというバンドが唄っていた「ハッカ煙草吹かしてグルービー、噂の恋にけりをつけた~」ってな気分。確か歌詞の2番だったな。少し肩の荷が楽になった気もするが、この慣れすぎた依存のシステムを失くして日常が平素に保てるか否かは自信が無い。今夜の英断にも、随分と酒の力を借りてしまった。明日からの自分が、ほんの少しでも変わりつつあれば幸せなのだけど…。何のことか判らなくてすいません。でも、少しだけ、ヒトが衝動的に「自分を捨てる」刹那の感情が、判りかけた気もするのです。変わりたいのだ。例え大きくバランスを崩し、かなりの痛手を負う予感がしても、なお。そしてそれは「墓場まで持っていく」覚悟を共にして。まさに「いと、おむら」のアナグラムにも似て。

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