マイケル弱点

2009年1月25日 (日)

17歳の院内探検~眼の話④

前回の欠点自慢シリーズ「眼の話③」を読んで、(と言っても昨年の話だが…)「気持ちは判るが早く医者に行ったほうが…」と思った人も多いだろう。確かにカッコ良く書きすぎたかもしれない。もともと医者嫌いだし、ただそれの言い訳のような気もする。でもね、どこか昔から「そんなモンじゃないの? たかが一人の人生なんて」という概念があって、その発祥のきっかけが、この17歳の網膜剥離の手術、もしくは入院生活の時期にあったような気が知るのだ。コレはいつかの芝居の、当日渡すパンフレットにも書いたけど、17歳の僕は入院して手術までの(一日一回の検査があるだけの)極めてフリーの1週間を、病院内をくまなく探検する、という方法で持て余す時間のほとんどを費やしていた。もちろん立ち入り禁止のエリアも多かったが、寝巻きに上着という姿は、思ったより何処でもフリーパスになった(まあ、時代もあってのことだけどね…)。んで、巨頭症の女の子や、知的障害の同い年や、黄疸がすごいおばちゃんと話をし、老化で泣いてるお母さんや両足が無いのに庭で明るくバレーボールをしてる男性なんかを眺めていた。何より僕が居た大部屋病室の、いつも看護婦さんにクダ巻いて、窓際でこっそり煙草を吸ってた(古き良き時代…)白内障のおじさんは、僕が手術後に(これが丸2週間ベッドに括り付けられ動けない…眼には包帯がグルグル巻きで僕はラジオとカセットテープのみの「音の世界」だけで生きていた…)やっと包帯が取れた時、病室には居なかった。てっきり退院したのかと思ってたら、別の病棟に移され数日後に亡くなったと聞かされた。そういえば探検の最中に地下で迷い、ふと開けたドアの奥が霊安室で、遺体と2人きりになったこともあった…。まあ、そんなこんなで「生と死のコラージュ」を、若干17歳の時期に、しかも短期間で見すぎたのだと思うのだ。もちろん当時の僕は、本当の絶望なんて経験していなかったし、漠然とした夢も抱いていたし、何より退院後のプランは山積みだった。なのに「所詮は誰もが死へ向かって生きている」的なこの概念は、実にバランスの悪い価値観として、その後の僕の人生に、随所に影を落としていくのだが……。この辺りはまた長くなるので、後日…いやいやカテゴリーを変えて…そうだな…「完全な自己ログ」あたりで新シリーズ展開をしていこうと思う。てなわけで、「眼の話」シリーズはこれで取りあえず終わりです。網膜剥離と正しい付き合いをしながら今後も生きていこうと思います。まあ、でも、もし僕が交通関係の行政の幹部だったら、免許更新の試験項目に、絶対「視野」を入れますけどね、視力だけじゃなくて。だってあいつら誤魔化すの上手いんだから…もちろん、そんな事になったら真っ先に僕の免許が剥奪されるけどね。

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2008年12月29日 (月)

北野氏のお墨付き~眼の話③

こういうテストはどうだろう? 網膜剥離の話の続きね。アナタの掌を「パー」にして自分の顔の前に持ってきます。調べたい目の正面、15~20センチでキープし、視点もまた掌の中央で保ち、逆の眼を閉じます。ほとんどの人は掌の中央を見ながら5本の指全てが見えていると思います。それがアナタの視野ですね。僕は同様にした場合、親指と小指の一部しか見えません。他の中3本は見えていないのです。もし僕が河童で、水カキを持っていたとしても、全然のその存在が判らないのです。これが網膜剥離の症状です(以上、前回までの復習ね)。自分の異変に気付いたのは高校2年の秋。道を歩いてると脇の電柱がゆがんで見えて、見直すとまっすぐ…な事が続いて医者に。即検査&入院でした。主治医が真っ先に「最近になって頭部に衝撃を与えるような事を始めましたか?」と聞き、その春から遅咲きの剣道を始めたことを告げると「なるほどなるほど」としたり顔。もともと遺伝的に網膜の接着力が弱かったところに剣道の「面の稽古」が連続的刺激が剥離を促して…との話だった。さてさて、約1ヶ月にわたる手術&入院のエピソードは、いろんな所で書いているので中略。いざ退院の際、主治医曰く「これからは頭部への衝撃を出来る限り控えた、慎重な人生を心がけてくださいね」。高校2年の僕は素直にビビッたが、退院1ヵ月も経たないうちに腹を括った。普通に生きようと決意したのだ。剣道部にも復帰したし、今でも週1のレッスンでは肉体系参加型講師として、ガンガン肉練&ストレッチに汗を流している。時間は流れ、北野武氏が酔ってバイクでガードレールに激突するニュースがあった。耳から血を流していた彼を、一時期は絶望視する報道もあったが、見事に復帰。その記者会見でこんな話をしていた。主治医はさらなる数ヶ月の入院&リハビリを強く勧めたらしいのだ。後遺症の可能性もあるし、顔面神経症が残っているから、芸能人としてはもっと慎重に治療を続けるべきだと。でも北野氏は「ココまででいい」と決断したのだ。自分の人生は自分で決めるもの、とも言っていた。僕はTVでその会見を見ながら、我ながら高校2年の自分の決断を賞賛し、北野氏に励まされた気がした。彼は今でも時々ユニークな顔の表情を続け、僕は頭部への衝撃を気にせず「普通に」生きている。もちろん剥離が視野にまで及べば一度ぐらい医者を尋ねるだろうけど…。(つづく)

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2008年12月15日 (月)

老化は走らない・歯の話①

弱点自慢のカテゴリーで、網膜剥離の話がまだ終わってないうちに、次に控えていた「歯の話」をせざるを得ない状況になってしまった。昨日一日で、なんと前歯が2本もまとめて抜けてしまったのだ。さすがに前歯だからね。鏡を見ると憂鬱になる。正確には下の一本は根元からすっかり、上の歯は虫歯がらみで根っこが少し残っている。抜ける時の痛みが全然なく(これまたある種怖いけど…)下の歯が歩いていて、上の歯が子供とアイスを食べている時。いつしか口の中に堅い小さな欠片があって「何だ? あ、歯だ…」って感じ。もちろんコレには十分自覚する伏線もあった。2年ほど前に、大荷物を抱えて歩いてた時、ぬかるみで滑って転倒した。極度に疲れていた深夜で、少しアルコールも入ってたかな? とっさにノートパソコンをかばってしまった僕の反射神経。手からではなく顔から、正確には口の辺りからコンクリートの出っ張りに激突したのだ。マジで人気(ひとけ)のない駐車場で大きなうめき声を出していた。結構出血し、今回抜けた歯は当時からグラグラになっていたのだ。すぐに医者に行くのが普通だろうが、そこは僕の「どうにも頑固な理論的医者嫌い」のため(この辺を語るのがこのカテゴリーの目的です)、とりあえず抜けるまで、大事に大事にして生きてきたのだ。我ながら良く持ったと思う。幸い歯神経もまた、他の人より鈍感なのだろう。んなわけで、出来れば網膜剥離から論理を繋ぎたかったんだけど、まあ、せっかくのライブドキュメントなので、こっちの話も並行して書き記しておこうと思う。そもそも歯に関してルーツを語れば、「遺伝的に最悪ですね。亡くなられたお父様、失礼ですけど40代で総入歯じゃなかったですか?」と切り出した、当時の主治医から始まる。その開業医は、経営的な人気よりも科学性な現実告知を重んじるタイプだった。僕が26歳の時だ。親父の40代に関する推理を驚きながら認めた僕に、「うん。」と頷いたその歯科医は、僕のレントゲンを見せながら、さらにご丁寧に健常な人のそれと比較までしながら「ほら、歯茎に入ってる根の部分が、普通の人の半分しかないでしょ?」と得意の分析顔。加えてPH値から極度に虫歯になりやすい体質であることも「告知して」くれたのだ。僕は既に17歳の時に「君の網膜は遺伝的に剥がれやすい素質を持っている」と告げられていたので(詳細は「眼の話」にて…)、「またか」って感じだったけど、さすがにクールな医者も自分の言葉を少し反省したのか、適当に慰める言葉をくれた。でも彼の気質は、最後にこう告げる「衝動」を押さえることは出来ないらしかった。「もって50歳まででしょうが…延命としてブラッシングは続けてください。医療技術の進化のスピードとの勝負ですね」。48歳の僕は、今では居場所もわからないその歯科医の予見性に賞賛を送りつつ、もし医者が「あそこまで正直に」告げなかったら僕はどうしてただろうと思うのだ。あ、でも続きは次の経過報告の中でね。長くなったし、そろそろ今の歯科医に予約を入れなきゃ。今日は大学、明日は打ち合わせ。いつまで「歯抜けの劇作家」で居なくちゃいけないのだろう? でも、もし僕が誰かに恋してる若者だったり、初デートを控えた前日だったりしたら、きっともっとオロオロ、クヨクヨしてたろうな。そうか、老化現象と恋愛感覚もまた、人生の時間軸では、ドッグレースを繰り広げているのかもね。まるで延命と医療技術の関係のように…。  

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2008年11月25日 (火)

眼の話②~網膜剥離の実感値。

例えばこういうのはどうでしょう? 地球儀を思ってください。この球体、すなわち2次元的に言えば円ですね、これをアナタの「視野」とします。んで、ココが重要なんだけど、「今、アナタは日本の(なぜか赤い奴ね)例えば東京を見ています」。その時に、僕には中国の国土は見えてない、ワケなんです。もちろん(ココこそがポイント)中国が見たければ、視点(何処を見たいかのピンポイント)を少し上にずらします。そうすればちゃんと中国は見れるのです。でもその時、少し上のロシアは見えていないのです。つまり……日常生活においては、さほど問題はありません。忍者が上から切りつけて来なければ。「見たいものは見える」のです。ちなみに「見えない」ってのは、感覚的には「黒くなっている」とか「暗黒」ではありません。何となくの光は網膜全体で受けているので、ぼんやりとしています。色に例えると無難な肌色とか、象牙色な感じです。うーん、あまりいい例えじゃないのかなぁ……ま、でも、そんなわけで、他者が眼に対して乱暴に扱っていると必要以上に気になります。子供がマナコをグリグリしてたり、向かい合った女性の(なんで性別が関係あるのか?)眼が妙に充血してると、自分の事のように気になるのです。それにしても……自分の感覚を人に伝えるのは難しい。いかに適切な言葉の選択に気を遣っても、常に「実はちゃんと伝わっていないんじゃないか?」と疑心します。これを論じだすと、また枝葉が長くなりそうなので、次回に続く。

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2008年11月24日 (月)

マイケル弱点とは短所自慢?~眼の話①

自分で自分の嫌なところ、他者に実は嫌だと思われているだろうと予想される部分、それを思ったり実感したりすることが、最近多くてね。ま、それと「当たらずといえども遠からず」なのが、このカテゴリーなんだけど、当分のネタは、もっと具体的、現実的な話。「私の弱点」として大きく挙げられるものが3つある。そしてその3つに準じるものが7つあるのね。んで、それを強い順に紹介したいと思うわけですよ。なぜ紹介したいかは良く判らないんだけど…ま、このブログ自体が自分史の記録みたいなものだから…お許し下さい。まずは「眼」。芝居の「ごあいさつ」で時折触れてる話なんだけど、僕は高校生の時に網膜剥離の手術をしていて、今も実は視野が狭い。いやいや比喩的な意味じゃなくてさ。特に手術をした右目に関しては、左上部から、今もやはり少しずつ見えない部分が増えてきている。そして眼と言う奴は左右そろって何ぼ、というか、右目の性質や疾患を、左目も受け継ぐ傾向が高いらしくて、手術をしてない左目の方も、実は上の方が見えていない。だから、もし今が戦国の時代で、忍びの者が僕の暗殺を計ったなら、例えば天井に隠れてても、一切気付かないだろうし(事実よく頭をぶつける。立ち上がったりするとき特に。ほら飲み屋とかで粋なデザインでテーブルの真上に、少し低めに明かりが吊るしてあるトコあるじゃない。アレとかほぼ100%の確率で、「よし、じゃあ行こうか」と席を立つ際、しこたま頭部をぶつけることになる)、加えて上から刀を振り下ろされたら、まず何の抵抗も予感もなく、ばっさり頭をかち割られているはずなのだ。避けれないです。だって映像が網膜に像を結ばないのだから。この辺のシステムを健常なヒトに伝えるのは実に難しい。て、わけで、次回に続く。どうやら3+7の「私の弱点」シリーズは、1年ぐらいの継続事業になりそうですなぁ…。

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